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 王子フィリップの部屋から然程離れていない場所、通路の行き止まりの左側の部屋が、どうやら私にあてがわれた部屋のようだ。


「おまえの存在は、俺たち以外誰も知らない。誰も来ないとは思うが、勝手に出歩かないように。姿を見られるなよ」


 まるで閉じ込めるかのような重々しい扉の割に、部屋の中は拍子抜けするほどにきちんと整えられていて、家具もあらかた揃っていた。

 フィリップの部屋とは対象的に、スカイグリーンの色地にマーガレットのような花が描かれた壁紙はいっそ可愛らしく、ジャスミンイエローのカーテンが場違いなほどに部屋を明るくしてくれている。

 テーブルにはゼラニウムのような甘い香りのする花まで活けてある。

 だがどこか、違和感を感じる。

 昼間だというのに分厚いカーテンが締め切られているのに気づいて、なにも考えず開けようとした私にマークスは声を荒げた。


「話を聞いていたか? おまえのことは出来るだけ知られたくない。迂闊な行動は控えろ」


 見上げた私はきっと反抗的な目付きをしていたのだろう。

 マークスが侮蔑したように笑った。


「王家の庇護を蹴るのならそれでもいい。俺はお前がどこでどんなふうに利用されたとしても興味などないからな。だが、ここより人道的に扱ってもらえるところなんてないってことは、覚えとけよ」


 マークスはムカつくが、彼が言っていることも一理ある。

 私はリリアとして過ごした6年間、決してこの能力を人に見せなかった。

 フェレイアにきつく止められたのだ。


『リアのその力は必ず禍根となる。僕がリアを守れる力を身に着けるまでは、絶対にほかの人の前で使わないでほしい』


 そのときは正直そこまで考える頭もなく、ただフェレイアがそう言うならと言いつけを守ってきた。

 けど、今なら分かる。

 身に過ぎた力を持っている私は、きっとこの力を欲する者に搾取され、奴隷やもののように扱われるのだろう。

 気持ちの沈んだ私に、マークスはフンと鼻を鳴らすとスタスタと扉の方へと向かう。


「侍女は朝と晩に食事を持ってくるだけだ。王子の世話役と兼ねているから、出来るだけ自分のことは自分でしろよ。それと」


 後ろ姿から横顔で振り向くと、マークスはトドメの一言を放った。


「お前の護衛、俺だから。光栄に思え」


 扉からスルリと身を滑らすようにして、マークスが音もなく去っていく。


「最悪……」


 静まり帰った部屋に、一気に疲れが押し寄せる。

 フカフカのソファに沈み込むと、落ち着かない思考を一旦放棄しようと目を閉じた。







 いつの間にか眠っていたらしい。

 人の気配を感じたような気がして、目が覚める。

 真っ暗な部屋の中にポツンと灯りが灯っていて、ぼんやりと人の顔が照らし出されていた。


「うわあぁぁ!」


 思わず悲鳴を上げて仰け反った。

 ソファにいることも忘れて後退ろうとして、みっともなくべシャリと床に落ちる。

 急に部屋が明るくなり、慌てて見回すと先ほどの女性が佇んでいた。私の視線に気付くと、ゆっくりと頭を下げお辞儀する。着ている服からして侍女のようだ。

 侍女は身振り手振りで指し示しながらテーブルに食事を並べると、最後に持ってきたワゴンを指し示し、それから再度お辞儀した。

 呆気に取られてソファの背面にしゃがみこんだまま動けない私を他所に、侍女は音もなく退室していく。

 恐る恐るテーブルを覗くと、思ったより豪華な食事が並んでいた。

 葉野菜の盛り合わせに黄金色のスープ、パンにはバターも添えてある。

 それにこの世界ではあまりお目にかかれなかった、立派なステーキ。

 久しぶりのご馳走にジュワリと涎が溢れてくる。

 わざわざこんな所につれてきて、今更毒殺もなにもないだろう。

 そう安易に警戒心を脱ぎ捨てて、私は一もニもなく食事にありついた。







 可愛らしい調度品に、フカフカのベット。クローゼットには質のいい上品なワンピース。

 不安で眠れないだろうと思っていた夜は、想像以上に快適な環境のおかげで、予想に反してぐっすりと休むことが出来た。

 分厚いカーテンのせいで、今が朝なのか夜なのかも分からない。が、昨日の無口な侍女に優しく揺り起こされて目が覚める。


「あの、おはようございます」


 私の言葉に侍女は一歩下がってお辞儀すると、テーブルを指し示す。

 朝からテーブルに沢山並べられた食事に、流石に顔を顰めた。


「私、朝はこんなに要らないです」


 その言葉に侍女は皿を指し示して次にワゴンを指差す。

 要らない物は下げろということか?

 昨日から一言も発さない彼女を訝しげに見ていると、軽いノックの音がした。


「おはよう、異界人さん」


 初めて見る男だ。

 赤銅色の髪に薄い蒼の瞳をした男は、昨日のマークスと同じ様な格好をしている。

 男の入室と共に侍女が近づいてきて、私の肩にガウンをかけた。


「……誰?」

「あれ、マークスから聞いてない?」


 ガウンの前を抑えながら一歩後ろに下がった私に、男は困ったように頭をかく。


「俺はジョシュア、君のもう一人の護衛。よろしくね」


 あの適当男、他にも護衛がいるなんて一言も言ってなかった。

 あっちが気をつけろって言ったくせに。ちゃんと知らせてくれてなかったから、誰かに見つかったのかと心臓が止まりそうなほど驚いたじゃないか。

 マークスのせいで騎士にいいイメージが持てない私は、ジョシュアに言葉を返せない。

 そんな私にジョシュアは眉を下げた。


「色々と弁明したいところだけど、生憎陛下がお呼びなんだ。悪いけど、先に謁見の準備をしてもらうよ」


 謁見の言葉が聞こえた途端目が死んだ私に、ジョシュアは大げさに肩を竦めた。







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