7
城の奥、重く閉ざされた扉の先。
カーテンの閉められた薄暗い部屋の奥で、天蓋の降ろされたベッドに横になっていたのは、線の細い少年だった。
「君は……?」
埃っぽい部屋の中、咳をしながら起き上がった少年は、王によく似た長い金髪にサファイアのような青い瞳をしている。
病的なほど白い肌に、大きな瞳がやけに目立っていた。
「リリアといいます。あなたの病気を治しにきました」
「……そう、君が」
少年はベッドのそばの椅子に腰掛けるよう手振りで促した。
でもさっさと終わらせなければならなかった私は、その指示を無視して、無理矢理少年の手に触れる。
「なにを……」
急に全身が淡く光ったことで、少年は振りほどこうとした手を止めて、目を丸くした。
「じゃあ、これで」
さっと手を離し、一礼する。
「あっ……待って!」
引き留める声を無視して扉へと歩を進めるが、なにがか落ちる鈍い音に振り向かざるを得なかった。
地面へと這い蹲る少年が、私の方へ手を伸ばしていた。
「来てくれて、ありがとう」
淡く微笑んだ彼は、依頼された対象者、王子フィリップだった。
彼は自分で立ち上がれないほど弱っていて、その手足は信じられないくらいに細かった。
私の手を借りてなんとかベッドへと戻るけど、それだけで彼の額に汗が滲む。
なんだろう、この違和感。
もう一度王子に触れるが、彼の様子は変わらない。
「君の手を煩わせてごめんね。僕は元々体が弱くて。もう長くないんだ」
微笑みながら放たれた言葉に、王子の顔を見つめる。その顔は凪いでいて、感情の起伏が読み取れなかった。
「ちょっと事情があって、侍女もあまり来てくれなくて。だから、こうやって君が来てくれて嬉しいよ」
久々に人と喋るんだと、嬉しそうに笑った王子の顔を見つめる。
「君はいつまでここにいるの?」
「分からない。あなたはもう治ったはずだから、もう来ないと思う」
そっと、王子の手に触れた。骨ばった、冷たい手だった。
「……そう。僕はもう治ったの?」
見上げてくる宝石のような瞳を見返す。
そのはずなんだけど、さっきの違和感が引っ掛かって、私は頷くことが出来なかった。
扉から出て来た私を見て、壁に凭れていたマークスは身を起こした。
「治ったか?」
その質問に、すぐに答えられなかった。
「……おいおい、まさか今さら偽物だなんて冗談言わないだろうな」
目付きを鋭くして剣に手を遣るマークスに、咄嗟に手を伸ばして触れていた。
淡くマークスの全身が光る。
驚きに目を丸くする彼を見上げた。
「これでも疑いますか」
「本物か……」
しげしげと自分の全身を眺めて、マークスは懐疑の視線を私に向ける。
「なら何故躊躇った」
こんな曖昧なこと、言っても信じてもらえるだろうか。
「おい。黙ってないでなんとか言え」
腕を掴まれて引き寄せられる。
アレクシスにこれのどこが不当な扱いじゃないのか抗議したい。
さっき治してなんかやるんじゃなかった。
間近に迫った緑の瞳を睨みつける。
「王子の治療の手応えがありませんでした」
「どういうことだ、それは」
低く唸るような声は、正直恐ろしくて足が震えそうになる。でもこんな奴の前で弱みを見せたくない一心で、虚勢を張って答えていた。
「わかりません、私は医者じゃないから。ただ病気や怪我なら触れば治せます。つまりそれ以外の原因だということです」
「それ以外?」
少し力が抜けたのを感じ、慌ててマークスの手を振り払って後退る。
「それ以外ってなんだ?」
「さぁ、私にはわかりません」
掴まれたところが痛い。恐らく痣になるだろうそこに触れる。微かな光と共に腕が光ると、スゥっと痛みが引いていく。
「おまえの言うことは矛盾している。陛下は六年前、“フィリップ殿下の病気を癒せる者”を召喚対象とした。お前がその対象なら、殿下は病気でお前はそれを治せなければおかしい」
「そんなこと、私に言われても」
大の男に問い詰められ続けて、もう泣きそうだった。
「こんな場所で、なにしてるの?」
そのとき、艷やかな女性の声が響いて、マークスは咄嗟に私を壁際に追い詰め抱き締めた。
硬い筋肉に押し潰されて、顔も肩口に埋められては声も出せなくなる。
「見てわかるだろ?」
彼は私の耳元でわざとらしいリップ音を立てる。その音に本気で鳥肌が立った。
離してもらおうともがこうとするが、容赦ない力で抑えつけられていてビクともしない。
「……悪趣味な男ね」
侮蔑の響きが籠もった女性の声はそれ以上聞こえてくることはなく、微かな足音はやがて重厚な扉の音に消され、吸い込まれていく。
それからたっぷり間を空けてから、マークスは漸く私を開放した。
「……っ最低ですね!」
今度こそ充分に距離を開けるように後退る。
鳥肌が立ちっぱなしで収まらない。
「仕方ないだろ。こうする以外にどう凌げっていうんだよ」
冷めた視線を向けられる。
「勘違いするなよ。こっちだって興味はない」
その言葉にカッと顔に血が集まった。
「かっ……勘違いなんてしてません!」
怒りに震える私を置いてきぼりに、マークスは歩き出した。
「部屋に案内する。着いてこい」
この騎士に関わるのは今日が最後でありますように。
素っ気ない後ろ姿を睨みながら、心の中でそう毒づいた。