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 一週間後、私はお世話になった人たちに別れを告げ、監査官のアレクシスと共に領主館の玄関に立っていた。


「リア……」


 フェレイアの整った目元の下には、濃い隈ができている。翳りの見える翠の目に険をのせて、フェレイアはアレクシスを睨み上げた。


「ハーバリシュ卿、くれぐれもリリアをよろしく頼みます」

「勿論です、エインズワース卿。安心してお任せください」


 隣に立っている異界人の子孫は、にこやかな人の良い笑みを崩さない。

 私は今日、王城へ行儀見習いに行くという名目で、この男に連れられていく。


「フェレイア……」


 恐怖に震えそうになる手を叱咤して、まだ細い彼の手を取り握り締める。

 返ってきた力は、痛いほどに強かった。


「必ず迎えに行くからね」


 そっと引き寄せられて巻き付いた腕の向こう。

 耳元でフェレイアは、ぞっとするほど冷たい声で囁いた。


「あの男、絶対に許さない。僕は必ずリアを取り戻す。だからリアも、絶対に絶対に僕の迎えを待っててよ」


 離れがたいと訴えるように、握られた手は最後まで離れなかった。

 それをもの言いたげに苦笑するアレクシスに促され、なんとか引き離す。


「リア!」


 悲痛なまでの叫び声が、馬車に乗り込む私にかけられた。







 王都への長い道中、アレクシスは私の気を紛らわせるように、様々な話をした。

 通り過ぎてゆく街、この世界で有名な美味しい食べ物、王都にある美しい建物……彼の話は尽きることなく、私の耳を楽しませてくれる。

 だけど彼は肝心の“お願い”したいことの話をしようとしなかった。

 何度尋ねても、「陛下直々に申し上げられます」と困ったように返されるだけで、それが余計に不安を煽ってくる。

 街道沿いにずっと進んで行くと、鬱蒼と茂っていた木々は疎らになり、平野に出て、ぽつりぽつりと民家や畑が見えてくる。


「もうじき着きますよ」


 やがて畑も見当たらなくなり、街の中へと入ったようだった。白い外壁に赤いレンガの建物が並ぶ大通りを、馬車はゆっくりと走り抜けて行く。


「失礼」


 せっかく美しい街並みに見入っていたのに、アレクシスはそう言うと窓のカーテンを閉めてしまった。


「どうして閉めちゃうんですか?」


 言外にもっと見たかったと訴えたのだが、アレクシスは「上からの指示ですので」と、苦笑と共に首を振られてしまった。

 然程広くない馬車の中に他人同然の男と二人。

 嫌な沈黙が漂う。


「……用事が終わったら、帰れますか?」


 ここ数日、答えを聞くのが怖くて出来なかった問いを投げかける。アレクシスは数秒置いたあと、「きっと帰れますよ」と呟くように返してきた。

 着々と近付いているであろう王城。

 到着するのがただひたすらに怖くて、ぎゅっと目を瞑った。







 馬車の速度が徐々に遅くなり、やがて完全に止まってしまうと、心臓がバクバクと音を立て始める。

 とうとう着いてしまったのだ。

 ややあって馬車の扉を開けてきたのは、帯剣した騎士だった。


「それが例の女か」


 騎士は私を顎で指し示すと、徐に手を伸ばしてきた。

 咄嗟に身を縮め、座席の端へ蹲る。


「おいおい、マークス。怖がらせないでくれよ」


 温かい手が背に置かれる。


「乱暴はしませんから、降りて頂けませんか」


 アレクシスの手だった。

 本当は降りたくない。

 でもグズグズしてるとまたあの騎士にとっ捕まえられそうで、仕方なくのろのろと立ち上がる。


「嫌かもしれませんが、彼に掴まってください」


 アレクシスに言われて、こっちを見上げて手を差し出している騎士を見る。


「嫌かもしれないが、掴まらないと降りれないだろ」


 嫌味たっぷりに言われて、渋々掴まりヨタヨタと馬車を降りる。

 ダークブロンドに明るい緑の目をした騎士は、私にローブのようなボロ布を被せてフードで顔を覆い隠した。


「王が苛々しながらお待ちかねだよ」


 騎士は半ば私を抱きかかえるようにして、使用人の勝手口のようなところをくぐり抜けた。

 後ろからはアレクシスが無言でついてきている。

 騎士にしっかりとフードを降ろされたまま、どうやらくねくねと入り組んだ道を長い事歩かされている。

 やっとのことでフード越しに明るい光を感じたと思ったら、いつの間にかこじんまりとした部屋に着いていた。


「例の異世界人か」


 低い声が響いて、びくりと体が竦む。


「左様でございます」

「ふむ……面をあげよ」


 騎士に乱暴にフードを払われて、急に浴びた眩しい光に目を瞬かせた。


「なるほど……これほどまでにシンイチに似ているとはな」

「祖父の故郷の花を知っていたことから、間違いないと思われます」


 アレクシスが淡々と報告している。

 慣れてきた目に入ってきたのは、きらびやかな装飾の沢山ついた服を着た、壮年も後半に差し掛かった男性だった。


「頼みがある」


 突然だった。

 私に話しかけられているとは思わずに、反応が遅れた。


「治してほしい者がいる」


 王の言葉に、彼が探していたのは正しく私だったのだと、突きつけられた気がした。







 ダークブロンドの騎士、マークスに半ば引き摺られるようにして、城の内部へと連れられていた。

 建前は罪を侵した貴人ということで、それに準じた扱いをされているらしい。

 城の奥、余り知られていない場所に貴人用の牢と銘打った隠し部屋がある。そこに匿われている人を治すのが、私の召喚理由だそうだ。

 名前はフィリップ。王様の息子。

 情報はそれだけしか与えられなかった。

 アレクシスとは先程の部屋で別れ、今は不機嫌そうに私を引きずりながら歩いているマークスしかいない。

 薄暗く埃っぽい廊下の先、重厚感のある扉の前でマークスは立ち止まった。


「俺はここから先は入れない。一人で行くんだ」


 ぽいっと放り出され、ローブを剥ぎ取られる。


「いいか、余計な詮索はするな。治したら直ぐに出てこい」


 わざわざ目を合わせて彼は念を押すと、ノックをして扉を押し開く。

 私は監視するように見つめてくる視線を背に、そっと部屋の中へと体を滑り込ませた。







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