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 王都行きを告げられた日の夜は、一睡も出来なかった。

 ベッドの中でシーツにくるまりながら、震えが収まらず両腕で自分を抱き締める。


 異界人ってなに?

 どうしてアレクシスはそのことを?

 王都に連れて行かれてどうなる?


 考えれば考えるほど明日が来るのが恐ろしくて、いっそここから逃げてしまおうとさえ考えていた。

 その思考を遮るようにコンコンと控え目なノックの音がして、「入るよ」とフェレイアのくぐもった声が響く。返事を待たずに彼が中に入ってくる。

 フェレイアはシーツの中で蹲っている私を見つけると慌てて駆け寄ってきて、躊躇うことなく抱き締めてきた。


「リア! こんなに震えて……」


 シーツ越しにフェレイアの力強い腕を感じる。

 抱き締めて、背中を擦ってもらうとますます泣きたくなった。


「こんなに怯えて可哀想に……今回の王都行きのことだよね? ああ、リア、リア、僕がもっとあいつに気をつけてさえいれば……!」


 それに言葉を返すことが出来ず、ひたすらに首を振る。

 出会ったばかりの情緒不安定な私を知っている彼は、私を抱き締めながら根気強く尋ねてくる。


「リア……もしかして、リアが“ユリ”なことが、あいつにバレたの?」


 ユリと言うのは、私の本名だ。

 フェレイアと初めて会ったとき、名前を聞かれて馬鹿正直に答えた私に、その頃から利発だったフェレイアはあまり人に言わないよう進言してきた。


『君の名前は聞いたこともない響きだから』


 そしてその場でフェレイアと一緒に考えた私の名が、リリアだ。

 それから私は記憶をなくした子供“リリア”としてフェレイアと一緒に行動を共にし、身元不明な子どもを受け入れては育てているというエインズワース卿に運良く保護され、そして今日までフェレイアと一緒にここで過ごしてきた。

 ここに来てからの私の生活は、全てフェレイア有りきと言ってもいい。

 幼子でさえ知っている一般的な知識さえ分からない私に、フェレイアがどれだけ助けてくれたか。

 そのフェレイアから離され、“異界人”として王都に連行される。

 わたしはまともに思考が働かないくらい混乱していた。


「あの人がかけているネックレス……あの人のおじいさんの故郷の花をモチーフにしたものだったの」


 フェレイアが一瞬、抱き締めた腕に力を込めた。


「私、その花に見覚えがあって、でもその花はこの世界にはないって知らなくて……あの監査官のおじいさん、私と同じ異界人だって」

「ああ、リア……なんてこと……」


 それ以上なんも言わず、フェレイアは私を抱き締め続けた。






 翌朝、顔色の悪い私をみたアレクシスは、珍しく苦笑すると、胸元から取り出したペンダントを差し出してきた。


「これ……」

「六年前、とある事情で陛下が異界人を呼び出しましたが、“彼女”は現れなかった。以後同じ条件で何度も召喚を繰り返しましたが、彼女がそれに応えることはなく、それならば既にこの世界に来ているのではないかと」


 アレクシスの濃い紺の瞳が、まっすぐに向けられている。


「このペンダントは祖父が故郷を偲んで作ったものです。彼の生まれ育った所ではこの花を“サクラ”と、そう呼ぶと教えてもらいました」


 彼はニコリと微笑むと、私に手を差し出してきた。


「私の祖父はシンイチ・オサダ。かつて異界より召喚された日本人です。ようやく見つけましたよ、異界より召喚された御方」


 その手を握れず、後退った私にアレクシスは少し悲しそうな顔をした。


「私たちは決して貴方に不当な扱いを強いません」


 瑠璃色の瞳には、嘘か誠か分かるようなものはなにも映っていなかった。


「私たちはただ……貴方に“あること”をお願いしたい」







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