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「どうしたの?」
ボーっとしている私に気付いて、フェレイアが顔を覗き込んできた。
「んー、ちょっと昔のことを思い出してね……」
軽くまばたきすると、じーっと覗き込んでくるフェレイアと目が合った。
「なに? どうしたの」
あんまり見てくるので、つい目を逸らしてしまう。
フェレイアとはもう六年もの付き合いだけど、未だにそのお綺麗な顔を向けられると、ちょっとどきっとしてしまう。
「昔って、いつ?」
フェレイアは私のことをなんでも知りたがる。
どうやら自分が知らないことを私が考えているのが嫌みたいだ。
「フェレイアと出会ったときのこと。いつの間にかこんなに大きくなっちゃって」
ヴェルヴェットのように柔らかい手触りのプラチナブロンドに手を伸ばして、そのままよしよしするように頭を撫でると、目の前の白哲の美貌がさっと赤く染まった。
「そっ……そう……」
赤くなった顔を誤魔化すようにゴホンと一つ咳払いすると、フェレイアはエスコートするように手を差し出してきた。
「領主様が呼んでる。僕たちに話があるって」
領主様の執務室の扉をノックすると、中から声をかけられ、フェレイアと共に入室した。
ソファに向かい合っていた領主様ともう一人の青年がこちらを振り向く。
「リリア、それにフェレイア、やっと来たか」
領主様は四十代くらいの、白髪混じりの髪がなんともダンディなおじ様だ。
その渋い声で呼ばれて、慌てて略式の礼をする。
向かいの青年がクスリと笑った。
「なんの御用でしょうか」
フェレイアが表情のない人形みたいな顔で領主様を見る。
「こちらにいらっしゃるのはハーバリシュ卿だ。王都より監査官として来られた」
「アレクシス・ミケル・ハーバリシュです」
アレクシスと名乗った亜麻色の髪の青年は、優雅な物腰で立ち上がると近づいてきて、私の手を取り口付けた。
「失礼、レディ、貴女のお名前を伺っても?」
私は失礼の無い程度にそっと手を引き抜くと、ぎこちないカーテシーを披露した。
「……リリアと申します」
アレクシスは瑠璃色にも見える、濃い碧の目を細めた。
「失礼ですが、此方は卿のご子息ですか」
「……いえ、違いますが」
僅かに片眉を上げた領主様に、アレクシスは苦笑気味に両手を上げる。
「いえ、リリア嬢はどちらの出身かと思って。夜空のような漆黒の髪、黒真珠のように艶めく瞳……不思議な色合いだ」
アレクシスはにっこりと微笑んでくるが、その目が笑っていないのに気付く。
男性にしてはほっそりとした筋張った手がゆっくりと伸ばされ、私の髪を一房掴もうとした。
「ハーバリシュ卿、ご無礼をお許し下さい。ですが私たち僻地の者は都の作法に慣れていません故。戯れはお辞め下さい」
フェレイアから丁寧だが、断固とした拒絶の意志を感じて、アレクシスは手を引っ込めた。
詰めていた息をそっと吐く。
「これは失礼。ですが戯れなど。心からの賛辞ですよ」
向けられた微笑みに、曖昧に笑む。
どことなく探るような敵意を感じて、ひどく居心地が悪かった。
「リリア、フェレイア。ハーバリシュ卿は明日から領内の査察に向かうそうだ。二人には卿の案内を頼みたい」
「それならば、私一人で充分です」
フェレイアが私の姿を隠すように、前に進み出た。
「ハーバリシュ卿の査察にリリアが必要とは思えません」
「卿が望まれたことだ」
「神秘的な黒の乙女に、これを機に是非ともお近づきになりたくて」
アレクシスがにこにこしているが、それにぎこちない笑みしか返せない。
背筋を寒いものが伝っていく。
「……」
きっと苦虫を潰したような顔をしているだろうフェレイアに、領主様は更に追い打ちをかけた。
「フェレイア、これは決定事項だ。分かったら卿を客間に案内するように」
フェレイアもそれ以上は追求せず、軽く頭を下げた。