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フェレイアはとても綺麗な少年だ。
プラチナブロンドの髪はいつもキラキラと輝いているし、エメラルドのように透明度の高い翠の目はまるで作り物みたいだ。
おまけに驚く程に長い睫毛がけぶるように頬に影を落としていて、その横顔ははっとするような儚い色気を漂わせている。
そんな儚げな美少年であるフェレイアは、今日も道行くだけで人々の視線を攫い、微笑むだけであちこちから声にならない悲鳴を集めていた。
「リア、歩きながら食べるのやめたら」
見た目の繊細さからは程遠いような苦々しい声が、棘を含んでかけられる。
それに肩を竦めることで返し、少し距離を開けるように歩を落とした。
「リア? 領主様に言い付けるよ?」
柔らかい笑みを浮かべているが、目が笑ってない。
慌てて口にしていたパンを飲み込むと、誤魔化すように笑いかけた。
「そんなこと言わないでよ。仕方ないじゃん、ね? お昼とる時間なかったんだから」
「ふーん、なら領主様にその通りに伝えとくね」
「悪かったって。それだけは勘弁して!」
慌ててフェレイアの隣に並ぶと、彼はようやく満足したように微かに笑う。
その笑みに嫉妬と羨望の混じった眼差しが幾つも私に突き刺さる。
類を見ないような美貌のフェレイアだが、その笑みは私にしか向けられることがない。
彼の世界には、私しか存在しない。
フェレイアと初めて出会ったのは、六年ほど前のことだったと思う。
私は当時、日本で女子高生として暮らしていた。
その日も普通に学校に行って、普通に帰宅して夕食を食べて、何事もなくベッドで就寝したはずだった。
なのに夜中にそっと揺り動かされて、何事かと目を覚ましてまず目にしたのが、傷だらけで虫の息のフェレイアだったのだ。
ミイラのように痩せ細り、皮膚は黒やら緑やらの痣やら膿で彩られ、その顔は殴られた痕で腫れ上がり、到底同じ人間とは思えぬ有様だった。
周囲にはえずきそうな悪臭が漂っている。
彼は今にも折れそうな細い手を肩におき、消え入りそうな声で問いかけてきたのだ。
「君も売られたの?」
あまりにも突飛な状況で、目の前の襤褸切れのような子供の言っていることも分からず、私はただただ混乱して彼の顔を見つめるだけだった。
そんな私を何と勘違いしたのか、彼は痛ましそうに目を伏せると、パンの欠片を差し出してきた。
訳も分からずその手を見る。
たった一口程の、小さなパンの一欠片。
彼は囁くような声で言ったのだ。
「今のうちに食べておくといいよ。君みたいな綺麗な子供は高く売れるから乱暴はされないと思うけど、僕たち奴隷には何も与えられないから」
私なんかより余程餓死しそうな惨状の子供から差し出されたパンの欠片。
私は全く状況が掴めずに、真っ白な頭で半ば無意識に手を伸ばしていた。
彼の血と垢と汚れに塗れた指に触れる。
その瞬間、私の指先に強い光が灯り、その光はまたたく間に彼の全身を包み込む。
あまりに強い光に目を瞑る。
やがて光は収束していき、恐る恐る目を開けると、そこには呆然とした美少年が立っていた。
「何、これ……」
少年はまじまじと自分の手を見つめている。
さっきまで目の前にいた、今にも餓死しそうな彼とは似ても似つかない、輝くような美貌の少年だった。
「痛くないや……傷が治ってる」
少年は暫く呆然と自分の手を眺めていたが、ふと顔を上げた。
「君は天使なの?」
透き通るような翠の瞳で見上げながら、消え入りそうな声で彼は呟いた。
「君は……僕を助けに来てくれた、天使さまなんだね?」