地衣の温泉巡り
私は今、温泉に浸かっていた。
疲労と肩こりに効くらしい。体がじんわり温まる。
「やっぱ労働もいいけど温泉巡りも最高だなぁ」
私こと、真田 地衣は各地の旅館巡りを趣味としていた。
趣味に目覚めたのは単純であり、金が結構溜まってどこかに旅行行きたいなって思ったのがきっかけ。熊本の温泉に入りに行ったら結構気持ちよくて、それから休日は温泉巡りをしていた。
「好きな趣味を全うできるってのが独り者のいいとこだよねぇ。35までは結婚はしたくないなぁー。独身貴族最高っ…」
私は全身の力を抜く。
大人になってから温泉の魅力というものに憑りつかれてしまった。一応全都道府県の有名な温泉どころはいったつもりだ。箱根も別府も草津も登別も。
好きだったのは冬の登別かなぁ。露天風呂に入ってると狐が雪の上で遊んでるのを見た。可愛かったなぁ。
「あんた見ない顔だねぇ」
「え? あ、私ですか?」
「そうじゃ。どこから来たんじゃ?」
「あー、〇〇県です」
「そんな遠いところからわざわざ!」
老婆が私に話しかけてきた。
こういう人もたまにいるんだ。話しかけてくる人。なんていうか、鬱陶しいんじゃなくてむしろ嬉しい。話すことも好きだからね。
人との会話を楽しむのも温泉の醍醐味ですよ。
「おばあさんはいつも入りに来てるんですか?」
「ここの温泉はあったかいからのぉ。うちじゃ一人だし寂しいんじゃ」
「亭主さんは?」
「数年前に癌での。はぁあ、極楽極楽」
おばあさんが湯につかる。
「ここは若者あまり訪れないんじゃよ。ばあさんばっかじゃろ」
「そうですね。若いの私ぐらいかな」
「この村に若いもんは少ないからのぉ。ほとんどじいさんばあさんじゃ」
「高齢化って恐ろしいですね…」
「ま、同年代が多いから話しやすいんじゃがの」
「そうですね。若い人の話題にはたまについていけませんもんね」
「そうそう。ぶいあーるだのなんだのなんじゃ? よくわからんわい」
VRかー。最近やってないな。
「あんたはなんでこの村の温泉選んだんじゃ?」
「あー、私は温泉巡りが趣味で。仕事がない休日は温泉旅行に来てるんです。ちょうど三連休取れたし遠いところで入ったことがないところがいいかなーって」
「ここはうってつけじゃな!」
「はい。露天風呂から見える景色もよかったですし温泉の香りも最高です」
私がそう言うとおばあさんは嬉しそうにしていた。
「そうかい! そういってくれると経営者としても嬉しいわい!」
「おばあさん、もしかしてこの宿のおかみ?」
「元じゃがな。今は娘がやっとる。わしゃ隠居したばあさんよ」
「そうなんですか…。おばあさんの手腕はすごかったんですね。本当に心地いいです」
私は立ちあがる。
「おばあさん、すいません。気持ちよくて長風呂しちゃってのぼせそうなんで上がりますね」
「そうかいそうかい。いくら温泉と言えどのぼせには勝てないのぉ」
と、けらけら笑っていた。
私は浴衣に着替え、部屋に戻り、食事が運ばれていたので写真を撮ってから食事を食べる。
今日の晩御飯はイセエビの味噌汁に鯛のお刺身などなど。とても豪華な料理であり、魚もとても新鮮そうで、美味しそうだ。
料理を食べ終わり、私はノートパソコンを開く。
「ここをレビューしよ」
私は結構有名な温泉レビュアーであり、ブログで私が行った温泉の評価をつけている。評価をつけるほど偉い人ではないが、それでも対応が雑な旅館があったりするし、当たりはずれを明確にしておきたいからだ。
「この旅館の古風な感じもそそられ、料理も美味しく、季節にあった魚を提供してくれる…。有名ではないが隠れた名旅館。温泉もとてもよく、温かく私を包み込んでくれた…っと」
私はブログを更新した。
後日聞いた話によるとあの旅館は結構繁盛してきているらしい。てんてこ舞いだと。おばあさんの娘さんが嬉しい悲鳴を上げてるとか何とか。