へべれけに酔って帰ってきた満
夜、なかなか帰りが遅い満を待っているとインターホンが鳴った。
取りつないで見るとそこには義姉さんとお義兄さんの声が聞こえてくる。
「美咲さん、あんたんとこの旦那がへべれけに酔ってるから迎えに来て」
「わ、わかりました!」
私は急いで一階に降りるとお義兄さんとその嫁の恵子さんが立っている。肩に担いでいるのは顔を赤くした満だった。
扉を開けると、困った顔をしていた。
「ごめんなさいね。妊婦さんを無理やり使っちゃって」
「いえ…。でもなんで満が酔って帰ってくるんですか? 連絡もありませんでしたけど。それになぜ実家の方に…」
「あー、もうものすごく酔ってるから記憶が曖昧になっててここが自分の家だと思ってないんだよ。ったく、早く慣れろよ…」
と、お義兄さんは頭を掻いていた。
「へべれけに酔ってそちらに帰ったんですね。ご迷惑おかけしました。よければお茶していきませんか?」
「いいわよ。もう夜遅いし」
「絶景ですよ、最上階は。ビールもあるので今日は泊まっていったらどうです?」
「……ねぇ」
「はぁ。わかった。ちょっと近くの駐車場借りてくる」
といって出ていくお義兄さん。
私は恵子さんと一緒に酔っぱらった満を抱えてエレベーターに乗りこんだ。
そして、部屋まで運びベッドに寝かせる。
「はい、カーテン開けますよ」
私はカーテンを開け、景色を見せた。
恵子さんはガラスに顔を近づけ夢中になってみていた。もう私たちは見飽きた景色だが、恵子さんたちにとっては新鮮だろう。
「たっか!」
「高いでしょ? ものすごく高くて滅茶苦茶怖いですけど慣れたら慣れたでいいもんですよ」
「いいなー。家賃いくら?」
「本来なら八百万くらい…」
「ぶふっ…。うちの年収のほとんど…」
いや、年収が八百万という時点で結構すごいと思うけど……。
「満、めっちゃくちゃ出世してもう億は稼ぎますからねぇ」
「羨ましいわぁ。うちの旦那も優秀なんだけど…。満さんと比べたらねぇ」
まあ、異例中の異例だからね…。
「阿久津家ってやっぱりすごいですよ。ここに住めてるのも阿久津家のおかげですし…。なんていうか、懐が深いっていうか」
「うちの旦那、一目見たことあるって言ってたけど怖くて話しかけられなかったそうよ」
「話してみると案外気さくな人ですよ。私もたまに遊びに行きますから」
「遊びに行く仲なの?」
「うちの従妹が阿久津家の弟に嫁入りしたもので…。一応親戚ですかね?」
「すっごいつながりね……。なんだか怖いわ」
と話しているとインターホンがまた鳴り、お義兄さんが開けてくれというので開けてあげた。
お義兄さんも部屋に入ってくると目の前の夜景が見えたらしく、うおおおとすごい見入っていた。ガラスに手をつき、ものすごく見ていた。
「羨ましい…。俺もこういうところに住みたい…。が、家賃がなぁ」
「私一人じゃ無理ですよ。ここは満のおかげですから」
「くっ、兄弟一の出世頭になりやがって…。昔は泣き虫で弱虫だったのに」
「そうなんですか?」
「ん? 満と過去の話とかしてないのか?」
「お互い過去を話すのが嫌いというか苦手なもんですから」
だからあまり話してはいない。私はちょっと話しづらい過去だけど、あっちは純粋に恥ずかしいらしい。
「あいつ昔から自分のことを話すのは好きじゃないんだよ。だから自分の気持ちとか打ち明けられなくてさ」
「あー、それはわかります。プロポーズも私が捨て子を拾ったからその条件としてって言ってましたもん」
「そうそう! 素直じゃねえんだよ! あいつも好きだって言えばいいのにさ! な? 恵子」
「そうね」
「私、そのせいでちょっとマリッジブルーになってて。捨て子が可哀想だし私一人じゃ金の問題とかあるから仕方なく結婚するのかなーって思って不安だったんです。彼から好きっていう言葉は一度も聞いたことなかったんで」
そういうと変わってねえなと笑っていた。
「ま、あいつは結構奥手っていうか、昔好きだった子に告白したらフラれたみたいでそれから好きって伝えにくくなったんだよ。な? 恵子」
「……いや、まあ」
「…恵子さんが満の好きな人だったんですか?」
「そうよ。一回告白されたけどその当時は私も性格ぶっさいくだったしこっぴどく振ったの」
と、ちょっと恥ずかしそうに語る恵子さん。
「ほんと中学の頃はバカだったわ。付き合っておけば今ここに…」
「こら。そういうこと言わない」
「冗談よ。でも、あの時ほど後悔したことないわ。本当に今思うと結構ひどかったなって。最初こいつにも嫌われてたのよ?」
と、恵子さんはお義兄さんを指さした。
「え、なんで?」
「そりゃ弟をこっぴどく振ってその挙句キモイとか罵詈雑言を浴びせた奴好きになるわけないだろ?」
「あー」
「あの時は本当に性格ブスだった。高校生に入ってその調子でどんどんやっちゃって大学生の時には裁判沙汰になったこともあって親が私を殴って私もその時気づいたのよ。ほんと拭い去りたいわ…」
という恵子さんは暗い表情だった。
「で、謝りに来た時俺らはカンカンで許す気なかったけど満が許したんだ。で、俺に惚れたのか俺を誘うようになってさ」
「……」
「で、俺も好きになったから結婚したってわけ」
「なるほど、わからん」
加害者を好きになるってことは万に一つもあり得るのだろうか。
私としては絶対に無理なんだけど……。
「ま、人生誰と巡りあうかわからないわね。今じゃ結構仲良しよ。あっちはちょっとびくついてるけど」
「そりゃあ昔自分の悪口をめっちゃ言ってた人だからな。ビビるだろ」
「だからそれはもう許してよォ…。慰謝料だってちゃんと払ったしなんなら大学の資金もスーツ代も私が稼いだお金から出したじゃない…」
「許してるって。笑い話になってるんだからまだいいじゃねえか。あっ、ビールもらうぞ」
と、お義兄さんは冷蔵庫からビールを取り出した。
恵子さんの分ももってきているが私の分はない。まあ、そりゃそうだ。サイダーとか取り置きは一切してないから私の分はない。
私妊婦以前の問題で酒飲めないし。
「あ、そうだ。そろそろ野球が…」
「野球? どこの球団応援してるんだ?」
「私は基本どこでも。スポーツ観戦が最近のマイブームなんですよ」
「そうなのか。俺はヤクルトだな」
「私はどこでもいいわね」
テレビをつけると、誰かがホームランを打った後だった。