城ケ崎の結婚前夜
夜の会社内。
俺はひたすらパソコンに打ち込んでいた。
「おい、残業する必要はねーだろ」
「部長……」
「明日結婚式なんだろ? 早めに帰って準備しねーと。もう八時だぜ?」
コーヒーを片手に話しかけてくる部長。
俺の机にコーヒーを置いた。
「仕事してないとなんか落ち着かないんです」
「仕事人間だなぁおめえさんは。仕事人間は家族に嫌われるんだぜ?」
「うぐっ……」
わかっている。
けれど、何かに熱中しなければなんていうか、緊張がすごくて。さっきの美咲の電話を聞いてまた恥ずかしくなってしまった。
ぐうう、恥ずかしい恥ずかしい! 嬉しいけど緊張する! こういうのは初めてなんだよ! 俺こういうの得意じゃないんだよ!
「お前さんの仕事はすでにないのになんで他の奴の仕事片っ端から受けちまうんだよ。自分でやらせろ。本来残業せんきゃならんのはあいつらだからな」
「わかってるんですけど、今日だけはッ……!」
「残業は会社の迷惑にもなるからな。早めに帰れ。仕事ないなら帰れ。ほれ」
「これだけやらせてくださいいいいいい!」
俺は一心不乱にパソコンのキーボードを打つ。
やばい。胸の高鳴りがやばい。学生時代もこういう風な気持ちになったことはなかった。こういった焦りなどしたことはなかった。
好きなやつと結婚できるってこんな嬉しいのか。こんな緊張するのか。
「ダメだ。雪も降ってきてるし電車止まったらまずいだろ。今日はおしまいにしろ」
「雪が降ってるんなら仕方ないですね……」
データを保存し、シャットダウンしてから席を立つ。
はげた頭が印象に残る部長は俺の後ろをついてきた。
「部長も帰るんですか?」
「ああ。今日は早く帰らねーとカミさんがうるせーんだよな。それに、娘にプレゼントを買っていかにゃならん。親っていうのは大変だぞ?」
「はい……」
「お前も家庭もつんだ。出世せんとなぁ」
「はい。今度は出世を視野に……」
まだまだ平社員だ。
家庭を養うにはもっと金が要る。不自由はさせたくない。
「で、嫁さん可愛いか? ん?」
「もう、これで可愛くないっていうと思いますか?」
「そりゃそうだ。結婚するんだもんな。可愛いに決まってるわな。最初のうちはな……」
部長が傷心モードに入ってしまった。
部長の家は恐妻家として有名であり、いつも尻に敷かれているという。そんな生活も慣れて楽しいとまで言い始めているし、お互い悪く思っていなさそうでうまくいっている。
ああいう感じが一番うまくいくのかもしれないな。
「で、風のうわさで聞いたんだがよ、あんたの嫁さん社長の娘さんとコネがあるんだって……?」
「そうなんですか? 俺よく知らないんですけど」
「この前一緒にいたところを見たっていうやつがいてよー。それが本当なら結構なコネできることになるぞ……?」
「……コネで出世したくないんですけどね」
「まあ敵が多くなるからな! まあ、使えるもんは使っておいたほうがいいぜ! 社会は厳しいからなぁ! 蹴落としあいでそんな贅沢言ってたらすぐに落とされちまうぞ」
「はい……」
俺が勤めているのは国外も国内でも有名な大企業。
阿久津グループの一つである会社だ。複数の企業を纏めるのが阿久津グループ。阿久津グループは俺たちは社長と呼んでいるが、役職を言うならば阿久津グループ統括社長という名目になっている。
阿久津 創介。結構いいお人柄だと聞くが……。話したことはない。
どんな人なのかは気になるが……。