イタリアンレストランに行こう ③
私はお兄さんのほうを向く。
「条さん! 私がお兄さんの女性不信直すの手伝いますよ」
「……いいのか?」
「ええ。真野ちゃんも悲しそうですから」
私は握手しようと手を差し出すとびくっと震えていた。
まずは触れることだろうか。被りにやってもだめだろうし……。こういうのは地道にやっていくほうがいいのかな。
トラウマ克服って結構難しいものがあるからな……。
「ごめんね、美咲ちゃん、蜜柑ちゃん」
「……ふぇ?」
「いいんですよ。トラウマは克服した方が楽しいですから」
だけれどそんな簡単に克服できるようなものじゃない。
私もまだ克服はできていない。原田に会うと胸が痛むし、治ったはずの傷もずきずきと痛む。私も偉そうに言えるほど克服はできてない。
だけど、トラウマは原因を忘れさえすればなんとかなるのかもしれない。
「それに、同じ事されてた同士、仲良くしたいですから」
「……そうだったね」
「ど、どういうことだ?」
「小学校から中学校の間、私はいじめられてたんです。手首にはリストカットの後があってもう消えません。橋から飛び降りて自殺を試みたこともあったほど追い詰められていました」
私の手首の傷を見て驚いていた。
名誉の負傷といえたのならよかったが、あいにく自分でつけた傷だ。深く、死ぬために深く切った。けれど、助かった。
そんな境遇は、必ずしも共有できるわけじゃない。
普通の人はいじめられるわけがないから。いじめられるのはごく少数だけ。
だから……。私と同じ境遇の人がいて、すごく親近感があるっていうのも事実だ。
「……俺もあったなぁ。一度だけ。死のうと思ったこと。でも、真野が悲しむんだ」
「そうだよお兄ちゃん」
「……そうだよな。美咲ちゃんのような子が頑張るなら男の俺も頑張らないといけないな」
条さんは立ち上がる。
そして、携帯を取り出した。
「……連絡先交換してくれないか」
と、恐る恐る訊ねてきたので私は笑顔で頷いておいた。
もちろん断るわけがない。真野ちゃんが悲しそうな顔をするのが嫌だったし、お兄さんも克服しようと奮起しはじめた。そこで拒否するのは空気読めていないし、優しくない。
私は優しくないとは思うけど、頑張ろうとする人を止めるなどという最低な行為はしない。
「……お兄ちゃんが自発的に。うん、これはあるかな?」
なにがあるんですか真野ちゃん。
会計は真野ちゃんが払ってくれるといってくれた。
私たちは帰り道を歩く。
「……美咲さんっていじめをうけてたんですね」
「……ああ、聞いてたんだ」
「ど、同席だったので……」
そりゃ嫌でも聞こえるか。
「二度も死にかけて、なんで今笑ってるんですか……? 美咲さんのような人が自殺をしようとするって考えもつかない……です」
「なんで今笑ってるからって……そりゃ楽しいからでしょうよ」
私は上を見上げる。
上は満天の星空だった。雲一つなく、星の輝きが降り注ぐ。
「ムカつくから怒る、悲しいから泣く、嬉しいから喜ぶ。当たり前だよ。楽しかったら笑うんだよ」
「……楽しいって思えるのがすごいです」
「まぁ、毎日必死になれば楽しくなるもんさね」
今も、昔も、そして未来も。
その日その日を必死に生きる。私はそうして生きている。
「……やっぱり強い人ですね」
「そうかな」
「羨ましいです」
と、そういわれる。照れる。
羨ましいなんてのはそこまで言われたことがない。周りはいつも私の無関心か、褒めるのではなくけなすか。その二択だ。
「わ、私も見習って精神を強くします……!」
「うん。ま、まぁ気長にね」
意外とこのこ情熱あるタイプだ……。




