War of Valentine's day
授業が終わり、荷物をまとめて教室を出る。
「やぁやぁ」
廊下で隣の教室から出てきた幼馴染と出会った。
「そっちも今終わったのか?」
クラスが違うので終わる時間が若干違ったりする。
「まぁね。この後何か予定はあるかい?」
「いや、無い」
「いやー、寂しいねぇ」
「何がだよ」
「放課後屋上で……みたいな手紙は貰わなかったのかい?」
「ねぇよ。っていうかうちの学校は屋上立ち入り禁止だろ」
「その様子じゃチョコの一つも貰って無いんだろ」
「うるさいな……別にいいだろ」
今日はバレンタインデー。女子が好きな男子にチョコを渡す日、とどこかの誰かが作った文化だ。
「そんな哀れな君にチョコをあげよう」
「あからさまな義理発言ありがとよ」
「まぁね。あ、でも一応手作りだよ。味見とかはしてないけど」
「また適当に作りやがったな……」
こいつの適当は謙遜とかじゃなくて本当に適当だったりする。
「君にあげるものに手間をかけているほどボクも暇じゃないんでね」
「ってことは本命がいたのか?」
あまりそういう話は聞かないが……。
「ボクはモテるんだよ。君と違って女の子にね」
「つまり交換用ってことか」
「まぁそうなるね」
そう、こいつは俺と違って女子にモテる。
ボーイッシュなルックスと裏表のないサッパリとした性格。それでいて時折見せる女の子らしさにみんな惹かれているらしい。
ただ、若干男嫌いの気があり、異性の友達はいないそうだ。
「おや? あの娘は一年生かな?」
「ん?」
廊下の隅できょろきょろしてる下級生の女の子がいた。
「目があったな」
「こっちに走ってくるよ?」
トテトテと走ってくる女の子。
「あ、あの! これ、貰ってください!」
「俺!?」
てっきり幼馴染の方かと……。
「いっちゃったねぇ。知り合い?」
「いや、知らない」
俺に箱を渡すなりどこかへ行ってしまったのでどこの誰か分からない。
「君もなかなかやるじゃないか。中に手紙でも入ってるんじゃない?」
「一旦教室入るか。だれもいなくなったし」
***
「おなじレイアウトのはずなのに他クラスというのは新鮮味があっていいね」
「そんなに変わらないと思うけどな」
可愛らしいリボンのついた包みを丁寧にはがすと、白い箱が現れた。ちなみに大きさは大判コミックよりもさらに一回り大きい。
「…………」
「で、中身はどうだったのさ?」
「と、トカレフ……」
「トリュフの間違いじゃないかい?」
「いや……トカレフだ」
「トカレフっていうと……まさかロシアの?」
「うん……自動拳銃」
なんでこんな物騒なものがラッピングされてるんだ。
しかも結局メッセージカードの類は無かったし。
「エアソフトガン、かな? だとすればかなり君の趣味を理解しているね」
「それが、マガジン外して見たんだけどカート入ってるんだよ」
エアソフトガンなら普通BB弾を装填する。リアルカート式も存在するが、これは違いそうだ。
「じゃぁモデルガン?」
「いや、フルメタルっぽい」
現在の日本の法律では金属製のモデルガンは白または黄色に塗装するように定められているが、手元にあるこれには黒の塗装がされている。
「なんにしろチェンバーは確認したほうが良さそうだね」
「そうだな……って危ねぇ、装填されてやがった」
この銃には安全装置が無いので、薬室に弾があればすぐに発射できる。
「銃身にインサートはないし、撃鉄はあるし、カートは金属製でプライマーは未使用……」
「これは……もしかして……」
「ああ……実銃だ」
***
銃オタクの知識をフル動員して通常分解してみたところ、疑惑は確信に変わった。変わってしまった。
「どうするの? まさか職員室に持っていくつもり?」
「いや、変な騒ぎになるだろうから直接警察に持っていく」
「その方がいいだろうね」
部品を無くしそうなのでとりあえずもう一度組み立て、安全のためにマガジンと別にカバンに入れる。
「にしても、バレンタインに拳銃を渡す女の子っていうのはどうなんだ?」
「さぁね。もしかしたら、私以外に近寄る女がいたら撃てっていうメッセージかもよ?」
「それは……考えたくない」
「そのうちライフルを持った女の子、なんていうのも現れるかもね」
「そうなったら世も末だな」
そんな話をしていたら唐突に教室の前の扉が開いた。
「あ! いたー!」
そこにいたのは、えーと、たぶん幼馴染と同じクラスの女子。
「え? ねぇ、その男、誰?」
「誰って……幼馴染だよ。これから帰るところなんだけど……」
「幼馴染……一緒に帰る……?」
なんか、独り言をつぶやきだした。
「な、なぁ、あれお前の友達か? なんか……」
「ま、まぁ、ボクが言うのもなんだが、中には熱狂的な娘もいてね」
「邪魔、しないでよー!」
「俺邪魔なんてしてないけど!?」
しかし聞いてもらえず。
その女の子がカバンから出したのはチョコの包みでもなく。
AKS47。ロシア製の自動小銃だった。
「伏せろ!」
とっさに手近な机を倒し、幼馴染の上へ覆いかぶさる。
「うわーん! こうなったら力づくでもチョコ渡してやるんだからー!」
連続した射撃音。
貫通力の高いAKの7.62mm弾ならすぐに貫通してしまう。
「っ…………?」
と、思ったのだが、弾が貫通する気配が無い。
着弾音はするのに妙に軽い、というか。
「もうっ!」
女の子が弾切れでリロードする隙に恐る恐る覗いてみると、机の周辺にはなにか、破片のようなものが散らばっていた。
「うおっ! あぶね!」
射撃が再開される。が、やはり貫通しない。
フラグメンテーションかと思ったが、それにしては妙だ。
「ねぇ! ねぇってば!」
「な、なんだ!?」
「これ、チョコレートじゃない!?」
「なに!?」
床に散らばっている破片を一つ拾ってみる。
「ほんとだ……」
「あと、いい加減どいてくれないかな」
「ああ、悪い……スカート直せよ」
「見るな」
「すまん」
弾頭がチョコレートなのでひとまず机だけで安全を確保できた。が、断続的に撃ちこまれていて動けない。
「もしかして、さっきのトカレフの弾もチョコじゃない?」
「そんなまさか……」
チェンバーから抜いてポケットに入れていた一発を取り出し、弾頭を舐めてみる。
「……チョコだ」
わざわざ金属風に塗装されていて気がつかなかった。
「反撃、していいのかな?」
「いいんじゃない? 先に撃ってきたのは向こうだし」
トカレフはカバンの中。カバンは数メートル先。
「15……25……30! 今!」
幼馴染が相手の射撃弾数をカウントしてくれる。
リロードのタイミングで机を飛び出した。
戻る余裕は無いのでカバンから急いでトカレフを取り出す。マガジンを挿入する暇はないので先ほど舐めた弾をコンバットロード。
銃を向けたのは相手が先だったが、フルオートの反動を制御しきれていないようで中らない。
(たかだかチョコ撃ち出すだけなのにどんだけ火薬つかってるんだよ!)
落ち着いて狙いを定め、撃つ。
顔はかわいそうなので腹部を狙った。
弾は狙い通り着弾。
「うっ……」
女の子はその場で倒れた。
「えっと、死んでない、よね?」
「ああ、気絶してるだけらしい」
腹部に命中した弾は着弾と同時に砕けたようだ。
「あなたの愛を銃弾に込めて、好きな彼のハートをゲット」
「急に何言い出すんだよ」
見ると、幼馴染みはスマホを見ていた。
「書いてあるんだよ。『今時の女子は肉食系、今年のバレンタインデーはあなたの愛を銃弾に込めて、好きな彼のハートをゲット』ってね」
「どこにそんな物騒なことが……」
「君にはあまり縁がないだろうけど、女の子達の間ではかなり有名なサイトだよ」
「肉食系っていうレベルを越えてるだろ……」
「とりあえず彼女の武装を解除しようか」
握っていたAKを取り上げ、マガジンを抜いてチェンバーの弾も抜く。
「なぁ……他にもお前にチョコ渡したいやつっていると思うか?」
「どうだろうね。例えボク宛じゃなくても巻き込まれることはあるかもしれない。現に今も銃声が聞こえるし」
確かに、時折銃声と男子の断末魔が聞こえる。
「先制攻撃は禁止、正当防衛以外での発砲の禁止。差し迫った明確な危機に対してのみ発砲を許可。交戦規定はこんなところか」
「いいんじゃないかな。積極的にひとの恋路を邪魔する理由はないし」
トカレフの予備弾薬もなく、AKはあと十数発。そもそもまともにやりあうだけの戦力はない。
「ほらよ」
幼馴染みにトカレフを差し出す。
「なんだ、護ってくれないのかい?」
「俺より上手いくせに良くいうよまったく……」
AKは使い捨てるつもりで、トカレフは制服のベルトに差しておいた。
「なんだかんだ言っても優しいんだね」
「どうも」
扉を少し開け、廊下の様子を見る。
「だが、もう少し後ろを警戒するべきだった」
「…………おいおい、冗談だろ?」
振り替えると、M500を構えた幼馴染みの姿があった。
照準は恐らく俺の胸。
「ハッピーバレンタイン。ボクからの本命チョコだ。受け取ってくれ」
直後、幼馴染みが引き金を引く。
轟音。
その瞬間、俺は意識を失った。
***
「まったく、メチャクチャやりやがって」
「ボクの気持ちを表すにはまだ足りないぐらいだよ」
「というか、お前俺に義理チョコ渡しただろ」
「あれは照れ隠しさ。それで、返事をまだ聞いていなかったね」
「銃をちらつかせながらいうとただの脅迫だぞ」
「ボクは気にしない。想いが伝わるまで何度でも君にチョコを渡すつもりさ」
「お前は……俺の彼女、ってことでいいのか?」
「そう言ってくれると嬉しいね。そうだ。友人ではなく、恋人だよ」
「ちなみにいつからだ?」
「うーん…………」
「初めて会ったその日から、かな」
***
「そういえば、俺にトカレフを渡したあの娘はいったいなんだったんだ?」
「さあね。単純にチョコを渡したかっただけじゃないかな」
「直接撃ってくるよりは可愛いげがあるな」
「まぁ、どんな女が相手でも絶対に君は渡さないから、安心してくれよ」
「心配しなくても俺が好きなのはお前だけだよ」
「なかなか嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
「じゃ、彼女さんよ。そろそろ帰ろうか」
「そうだな。これからもよろしく、彼氏君」
END