第二十九話~現れたのは化け物だった~
「あっるっこー、あっるっこー、私は元気ーっ!」
「ハクレイ、ちょっと静かにしなさいよ」
ハクレイとパルミナはジメジメとした地下を進んでいく、あるのは下水と死体だけ。時々危険種が現れたが、ハクレイたちがボッコボコにしながら進んでいく。
最近体を動かしていなかったからだろうか、ハクレイは楽しそうに歌いながら血みどろフィーバータイムを満喫する。
パルミナはハクレイの後ろについていきながら、クスっと笑った。
笑顔で危険種を屠っていると、地下の奥から声が響き渡ってきた。
「なんの声かしら?」
「パルミナが分からないならわからなーい。んで、私たちはなんでここに来たんだっけ」
「いや、忘れないでよ。すごい事件があったから、調査のためにノリと勢いでここに来たんじゃない」
「そうだったっ! じゃあ唸り声の正体は……」
「そう、犯人よっ!」
ハクレイとパルミナは声のある方向に向かっていった。
辿り着くと、二人はとんでもないものを発見してしまう。
見た目は確かに人だった。いや、人であったものといったほうが正しいかもしれない。
だけど、よく見ると、金色の毛並みに覆われて、理性を失ったような瞳をしている。
足元には、血まみれな女性がいた。
まだ息はあるようで、助けを求めるような瞳でハクレイとパルミナを見つめる。
今にも死んでしまいそうな少女は、小さな声で言った。
「た………す……………」
最後の言葉を言い切る前に、人であった何かが、少女の腹に食らいつく。おびただしい血が飛び散り、少女は吐血した。
まるでつぶされた後の虫のように体を痙攣させながら命を落とした少女、その肉を人のような何かが食らいつき、咀嚼する。
口回りが真っ赤に染まった状態で、ハクレイとパルミナを再び見て、にやりと笑みを浮かべた。
そんな光景を見て、ハクレイは思わずつぶやいてしまう。
「お、おいしそう」
「いや、その反応は絶対におかしいからね!」
ハクレイは涎を垂らしたらしながら少女だった肉を見た。反応がずれすぎているハクレイにパルミナは思わずツッコミを入れる。
そんな反応をされたからだろうか、少女を食らっていた化け物は面を食らった顔をしていた。そして次第に怒りの表情を浮かべた。
「コロス…………コロシテヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「壊れたおもちゃみたい」
「だからアンタはなんでそんなにのんきな反応をするのよ。っち、来るわよ」
「わー」
「もうちょっと危機感を持ちなさいっ!」
「ぎゃー」
「給料分の仕事ぐらいしなさいよー」
場違いに喚く二人を狙って、化け物は姿勢を低くする。その姿は、まるで獲物を狙っているネコ科の動物のようだった。
ハクレイとパルミナが「ヤバっ」と声を漏らしたと同時に、化け物は持ち前の瞬発力を駆使して突っ込んできた。
そしてハクレイの目の前に来て……。
「ウプゥ…………オロロロロロロロロロロ」
急に走ったせいか、化け物は嘔吐した。実に最悪なタイミングだ。ハクレイは化け物を目の前にして特に動いていなかったため、吐しゃ物が顔面にぶちまけられる。
汚い液体にまみれたハクレイはあまりのにおいに顔をしわくちゃにさせて、必死にどけようとした。
「臭い、臭いっ! くっさーーーーーい」
「ドンマイ、ハクレイ」
この時、パルミナは満面の笑みを浮かべていた。さすがゲスだ。
そんなゲスのパルミナは、頬をリスのように膨らませながら笑いまくり、化け物を爆破させた。その爆破がまた絶妙で、戦隊ヒーロー作品で怪人が爆発してやられるような感じだった。
パルミナは「やった」と言いながらガッツポーズをとる。そんなお粗末な攻撃でやられてくれるような敵だったら良かったんだが、残念ながら今回の敵は、ちょっとばかし厄介だった。
爆破したときに舞い上がった煙が晴れた後、見えてきたものは、なんか申し訳なさそうに頬をポリポリとかく化け物と、吐しゃ物のにおいで地面をのたまうハクレイの姿だった。
ハクレイごと爆破は、まあいつものことだからいいとして、化け物が無傷というのは予想外だったパルミナは、挙動不審に目をそらす。
「ハクレイ、ごめん。私には助けられそうにない」
「お願い、臭いの、助けてよ」
「その…………ごめん」
「謝らないでっ!」
「ゴメン」
最後の「ゴメン」を言ったのはなんと化け物だった。ハクレイとパルミナは顔を見合わせて「喋れたのっ!」と叫ぶ。
どうも、この化け物は自我がったりなかったりするらしい。ちなみにこの情報は本人から聞いたようだ。
吐しゃ物まみれのハクレイは、パルミナの毒液で体を流した。
きれいに毒まみれになったハクレイは、パルミナと共に、化け物の誓うによって、体育座りをする。まるで、小学校の体育の授業の時、先生の話を聞くような、そんな雰囲気だった。ここが地下の下水道でなければの話だが。
「んで、あんたは誰。人間? 魔物? それとも下水をすする変態さん?」
ハクレイは、化け物に直球の質問をした。パルミナに肘でつつかれて、「もしかしたら外見を気にしたりしているかもしれないんだから、もうちょっと気を使って質問できないの」などと突っ込まれるが、ハクレイは気にしない。
我が道を行く、そして幸せになることを願うのがハクレイだ。精神年齢の低さは……そっとしておこう。
「俺は人間だ。いや、人間だったというべきか。たった今正気に戻った……な」
「ふへー、そうなんだ」
「ハクレイ、もうちょっと真面目に聞いてあげてよ」
ハクレイは真面目そうな、キリッとした顔をした。だが、ぶっちゃけ顔だけで中身は平常運転だ。パルミナも呆れてしまう。
化け物さんは、さっきの殺気やらなんやらがまるでなくなって、穏やかな青年のようになっていた。
いったい何がどうなっているにやら。
「まずは自己紹介からさせてもらおう。私の名はジル・フォン・マレリア。一応この国の王子だ」
「「えっ」」
「まあそんな反応になるな。どうせ私は行方不明扱いにされているのだろう」
「まあ、そうですが……」
「ちょっとハクレイ、もうちょっとちゃんと返事しなさいよ。相手は王族の人よ」
「ははは、気にする必要はない。どうせ私は捨てられた身、身分などもうないしな。それに、時々理性が飛んで自分が自分じゃなくなるんだ」
「「へーそうなんだ」」
ハクレイとパルミナはそれしか言えなかった。二人とも、マリアの兄ということを知ってはいるのだが、現状どうにかすることもできず、反応に困った結果適当っぽい返事になってしまったようだ。
「先ほども見たであろう、私が人を食らっていたところを」
「見たというか、襲われました。そしてゲロンパっ! されました」
「は、ハクレイ、もうちょっと言い方ってものがあるでしょ。ゲロンパっ! なんて言わないわよ」
いやいや、パルミナ、ツッコミ所はそこじゃない。
パルミナの残念なツッコミも、普通なら失礼にあたりそうだが、ジルは特に気にしたところはない。
むしろ、すまなそうな表情をしていた。
「この姿になってからいろいろと苦しくてな。でも、それももうすぐ終わる。なぁ、白い君は私を殺せることが出来るのであろう」
「え……確かに、できるけど」
「だったら、私を殺してくれないか?」
主の身内からのまさかの言葉、それはハクレイたちにとって驚愕するような内容だった。
余りの驚きで、ハクレイはどうやら気絶してしまったようだ。
おおハクレイよ、なんて情けない……と、ハクレイの隣に座っていたパルミナは思った。
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