第二十一話~新しい日常~
フェルシオンがマレリア王国の第一王女であるマリアに引き取られてから数日後。
ハクレイは今日も元気に、厨房に忍び込んでお菓子を簒奪していた。
「てめぇコラ! 待ちやがれぇ! そこの白いの!」
「あはははっはは! 私は風になる!」
「それはマリア様のやつだ! 盗むんじゃねぇ!」
「あはははははははは」
とまあ、こんな感じで、元気にやっている。
包丁を持って追っかけてくる料理長の顔は、鬼というかなんというか、それはもうすごい顔だった。
最初の方は近くを歩いていた兵士たちが、その顔を見た瞬間、賊が入ったと、少々騒動になったのだが、人の慣れは早いようで、「あいつらまたやってるよ」と呆れ気味だ。
ハクレイは楽しそうに笑いながら、窓から外に飛び出した。厨房は国王の執務室が近い関係という理由から、城の4階にあった。そんな高いところの窓から飛び出したなら、落ちるのが当たり前だ。ハクレイは白い獣の力を持っているため、頭から落ちても何も問題ないし、無駄に身体能力が高いので、手に持ったお菓子を崩さずに着地することぐらいわけないだろう。だが、追いかけてきた方はただの料理長。鬼の様な、化物じみた怖い顔をしているが、ただの人間だ。料理長は飛び降りることができないのである。
そんなわけで、落ちていくハクレイを悔しそうにしながら料理長は叫んだが、それがハクレイの耳に入ったかどうか、それは本人のみぞ知るだろう。
お菓子を簒奪したハクレイは猛ダッシュし、マリアのもとに向かった。
◇
厨房からお菓子を簒奪したハクレイは、そのままマリアのもとに突撃した。
そもそも、お菓子を簒奪したのは料理長に任せたくなかったからという理由が強い。
ハクレイにとってマリアは太陽の様なお方だ。そんな方に尽くす以上、できることはやっておきたい。だけどハクレイにはお菓子なんて作れなかった。つまりそういうことだ。
「あら、ハクレイ。今日も元気ね。こっちに来なさい」
部屋に押し入ったハクレイを見て、マリアは笑顔で手招きした。ハクレイは嬉しそうに笑いながら、お菓子をもってマリアに近づく。
マリアと一緒にパルミナとルーイエがそばにおり、気だるそうな感じを出しながら立っていた。それもそのはずで、ハクレイがバカばっかりやっているからだ。まあ、変態のルーイエはそんなこと関係なく、顔を赤らめながらハクレイを見つめているのだが……。
「今日も奪ってきたの?」
「うん! 私が持ってきたかったの!」
「で、そのことを料理長に言った?」
「言ってません」
「素直でよろしい。あとで謝ってきなさい」
「はーい」
ハクレイは、ションボリとうなだれているように見えるが、ちょっとばかし嬉しそうだ。
ハクレイたちが王城勤務になってから、暮らしが大幅に変わった。
当初、フェルシオンのメンバーは、マリアの直属になる予定だったのだが、バネットがバッソに話を持ちかけて、別の任務に向かうことになってしまった。
それと同時に、バッソはバネットの直属兵団に入ることが決まる。
バッソに心酔しているデルと、グランディは、バッソについていくことに決めてしまい、マリアの直属になったのは、ハクレイ、パルミナ、ルーイエという、問題女子だけになってしまった。
ハクレイたちは、フェルシオンが分かれてしまった事を残念に思いつつも、マリアのもとでしっかりと仕事をしていた。
いやまあ? 厨房からお菓子を簒奪するというのが仕事かどうかと言われると、かなり疑問だ。
ハクレイたちは、一応マリアの護衛として働いている。
仕事内容を聞いた最初の方こそ、そこまで大変な仕事ではないと思っていたハクレイたちだったが、お姫様は意外と命を狙われる職業らしい。
というのも、ハクレイたちがこの職場に来てから、既に53回も刺客を追っ払っている。
はっきり言って異常な環境だった。
ハクレイたちも、この異状事態には疑問を抱いたが、襲われているマリアが何も言わないので、放っておいている。
とりあえず、敵が来たら殺すか、生け捕りにして、楽しい楽しい拷問をするだけだ。
だが、大抵の刺客は喋る前に体の内側から何かが出てきて死んでしまう。
どうやら寄生型の危険種を腹の中で飼っているようで、情報を漏らしそうになった瞬間に死ぬらしい。
寄生型の危険種をどうにかしようにも、取り出す前に刺客が死んでしまう。そのため、情報が集まらず、敵を殺すことぐらいしかできないでいた。
「しっかしどうすればいいのかね~。刺客を殺しても殺してもキリがない。ま、私はハクレイちゃんとイチャイチャできるからいいんだけどね」
お菓子を食べているマリアの横で、ルーイエがそうぼやいた。
それも仕方がないことだろう。なにせコイツは変態だ。ハクレイがいればご飯三杯食べられると豪語しているバカやろうだ。
ルーイエがぼやいた事に、マリアは呆れながらこう言った。
「ルーイエは本当にハクレイが好きなのね。でもハクレイは渡さないわよ」
「なぬ、主が恋敵……なんて燃えるシチュエーション!! キャハハハハハハ、でもあまい、甘すぎる! 私とハクレイちゃんの間にはそれはもう強い絆がーーーー」
「あるわけない。死ね、ルーイエ」
「そ、そんな~。ハクレイちゃ~ん!!」
「はあ……。ルーイエ。あんたは馬鹿なことしか言えないの。すいません、マリア様。ウチのルーイエがアホでバカでゴミクズで」
「そこまで言う必要あるが!!」
「くす、あなたたちは本当に面白いわね。一緒にいて退屈しないわ」
いつ刺客が殺しに来るかわからない状況で笑うマリアの姿に、ハクレイはなんだか安心した。
本当なら、殺されるかもしれない恐怖に毎日震え、ハクレイたちにもっと辛く当たるだろう。
だけど、マリアは笑えるほど安心して暮らしている。だとしたら、自分たちがやっていることが、マリアのためになっているのだとハクレイはちょっと喜ばしく思った。
だけどこのままじゃいけない。このままではいずれマリアが……。
ハクレイは絶対にそんなことさせるつもりはないが、それでも、いつまでも続きそうなこの状況に不安を感じていた。
いったい誰がマリアを狙うのか。
大切な主を殺そうとする奴は許せない。
敵は絶対に殺さなくてはならないのだ。
「マリア様の命を狙う不届き者は消毒してやりますから!」
「唐突に何を言い出すの、ハクレイ?」
「い、いや、なんか……その……」
「ハクレイはマリア様が大好きね。私も頑張らなくちゃ!」
「いーやー、ハクレイちゃんは私の! 絶対に! いーやー」
「ルーイエうぜぇ」
「ふふ、ありがと。みんな」
笑うマリアだが、どこか儚げで、すぐにでも消えてしまいそうな雰囲気があることに、ハクレイは気がついた。
白き獣が、かつての主だと感じるほど似ているマリア。この人が平和に、安心して暮らせるように頑張ろうと、ハクレイは自分自身に誓った。
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