第十九話~拾われた獣~
燃える研究所、死体がそこらに転がる地獄絵図。
敵と認識した騎士を全て殺し尽くしたハクレイは一人、空を見上げていた。
「……誰も…………守れなかった」
周りに転がる死体は騎士だけではない。逃げきれなかった実験体として連れてこられた子供や研究者たちも含む。
まだ息があった者は、火によって体を焼かれて、叫びをあげる。
逃げようとした子供は、崩れた瓦礫の下敷きになった。
戦いの最中、ハクレイは助けに行こうとしたのだが、それらを全て騎士たちが邪魔をした。
助けられた命があった。だけど、一人では無理だったのだ。
虚ろな目をした騎士の死体に、ハクレイは八つ当たりをする。
「クソ、お前の……お前らのせいだ。なんで奪うんだよ…………。返してよ、全部返してよっ!」
死んだものは元に戻らない。それは世界の常識だ。だからいくら八つ当たりしたところで、この状況はどうにもできないだろう。
頭ではそうわかっている。だけど、それでも、ハクレイは八つ当たりせずにはいれなかった。
その感情は、最も人間らしいと言える。どれだけ人が法を作ろうが、道徳的な教育をしようが、獣としての性が、他者を殺す。
私欲を満たせれば、自分さえ良ければそれでいい。協調性だとか言うが、それは自分が生きていくための手段であり、必要がないと思えば、平気で蹴り落とす。
血が繋がる家族であっても、所詮は身近な他人だ。要らなければ蹴り落とすのが世界の道理。
そして、今回の悲劇はその家庭環境が生んだ惨劇であり、ハクレイに生まれた感情は、巻き込まれた者が感じる、激しい怒りと自分自身が未熟であるゆえの劣等感といえばいいだろうか。
自分を拾ってくれた研究所がなくなってしまって、ずっと混乱していたハクレイは、もう二つの煙が上がっていることに気がついた。
そのうちの一つは……フェルシオンの拠点となっている場所だった。
「ーーっ! 行かなきゃ……これ以上いなくなるのは嫌だ!」
ハクレイは、自分自身の居場所を守るために、仲間と思える人たちの元に駆け出した。
◇
「芸術は、爆発だっ!」
「芸術なんてわからない癖に、ああハクレイちゃん……大丈夫かな? キャハハハハハ、私が助けに行けば、好感度アップするんじゃねぇ!」
「また、ルーイエがバカいってるっすよ。どうします、バッソ隊長」
「ほっとけ、それより敵は殲滅するぞ、クソッタレ。それよりも手を動かせ、雑魚だが油断するな」
「もう、そんな隊長も、ス・テ・キっ!」
「デル! てめぇ、気持ち悪い声出すんじゃねぇ。気が散るだろ!」
フェルシオンのメンバーは通常運転で、戦闘をしていた。
襲ってきた騎士たちは、力の差に怯えているのだろうか、陣形が崩れかけていた。
パルミナは問答無用とばかりに、爆破させて、敵を吹き飛ばす。その時、彼女は恍惚とした表情を浮かべていた。
「いやぁ、楽しいね! 爆破最高っ!」
なんというか、襲われている風に見えないのだから、なんとも不思議な状況だ。
ポンポンと吹き飛んでいくその光景は、なんというか、コメディ的な展開にしか見えない。
だが、この状況でも、バッソの表情は優れなかった。
「っクソ、こんなことをしている場合じゃねぇっつのに、クソがぁ!」
バッソの瞳に映るのは、サデス公爵家の屋敷がある方角だ。
「隊長、心配なら先に向うに言ってもいいっすよ」
「クッソタレ。おまえらを置いて行けるか!」
「でも、バッソ隊長は妹さんが心配なんっすよね」
「っく、そうだよ。あの屋敷には、人質にされている俺の妹がいる。だが、お前たちだってっ」
「俺たちは大丈夫っすよ。なあ、デル」
「うっふ~ん。グランディの言うとおりよ。それに、私たちは戦えるしねぇ。任せてちょうだい!」
「っち、ここは任せたぞ」
「帰ってきたらキスしてちょうだいね! 約束よ!」
「んなことするか! 気色わりぃ。てめぇは男だろうが! っち、ここは任せたぞ、くそったれ共!」
バッソは一人離脱する。最愛の妹が人質として捉えられている、サデスの屋敷に向かって行った。
バッソがいなくなったすぐに、ハクレイはやってくる。
「みんな、だいじょうーーぐへぇ」
ハクレイに気がつかなかったパルミナは、大爆発を起こした。
ハクレイはそれに巻き込まれて、ゴロゴロと地面を転がる。とても痛そうだ。
ガバッと顔をあげたハクレイは、パルミナを睨んだ。
「パルミナ! 何するの!」
「あ、ハクレイ。いたんだ」
「適当な反応!」
「そこ邪魔。また爆破するよ~」
「え、ちょ、まっ!」
直後、ハクレイの後ろが大爆発。またしても爆風に巻き込まれて、ゴロゴロと転がる羽目になった。
ズザァーと地面を滑って行った先には、ルーイエがいた。
「ハクレイちゃん! 大丈夫! 私が、みっちりお世話してあげまちゅからね」
触手でハクレイをワサワサしているルーイエは、ヨダレを垂らしながら、ハクレイに近づく。
「……死ね!」
「ぐほぉ」
ルーイエの顔にめり込んだ、ハクレイパンチは、かなり強烈だったようで、地面をのたうち回り、ゴロゴロと転がった。
「自業……自得」
「それはないよ! ハクレイちゃん!」
「黙れ、ルーイエ。そんなことより…………みんなよかった、無事で」
「当たり前よ、私たちを誰だと思っているのよ」
「ん、ところで、バッソ隊長は?」
「ああ、それなら、サデス公爵の屋敷っすよ」
「ありがと、グランディ」
「はは、どういたしましてっと。お、なんか強そうな奴らが来たっすね」
新たにやってきたのは、異様な迫力を漂わせている、5人の騎士たち。
きっと、王族直下の近衛騎士に違いないと、ハクレイは感じた。
身構えるハクレイたち。
だが、場にふさわしくない、綺麗な声のせいで、場の雰囲気が崩れた。
「皆さん、戦闘をやめてください。この場は私に任せてください」
「あ、あなた様は……マリア・フォン・マレリア様」
やってきたのは、場違いなドレスを身にまとう、マレリア王国の第一王女、マリアだった。
「ハクレイ。お久しぶりね。元気してましたか?」
「はい、ですが、この状況ですので……」
フェルシオンのメンバーは、全員、びっくりして目を見開いた。突然のハクレイの態度が、妙におかしく見えたのだろう。ルーイエなど、「熱があるのか! ハクレイちゃん」と喚くのだが、ハクレイパンチで再び黙らせられる。
「ごめんなさいね。お母様が、強権を使いまして、私たちにはどうすることもできなかったの」
「だけど……だったら! なんでこんな場所に」
「それはね、ハクレイ。私はあなたたちを迎えに来たのよ」
「……ぇ?」
「前に一度会った時、言いましたよね。あなたを気に入りましたって。どうしても、あなたにそばにして欲しい。こんなことをしでかした王族の一人です。身勝手なことを言っているのはわかっています。ですけど、あなたたちをどうしても!」
王女様の熱心な叫びに、ハクレイたちは顔を見合わせた。
さて、これからどうするべきかと相談する。
「ねぇ、あの王女様とハクレイって会ったことあるの?」
「うん。一度、誘われたことある」
「ちょ、それを断ったっていうの、あなた!」
「デル、キモい。でもホント。だって、私はあの研究所に拾われたんだし、拾ってくれたサデス公爵をすぐに裏切るなんて……」
「それもそっすね。んで、どうします? みんな助かるんだったら、いいんじゃないですかね」
「キャハハハハハ、私はハクレイちゃんがいればそれでいいぜぇ」
「わたしも、みんなと一緒ならそれでいいわ。ハクレイ、あんたはどうしたいの」
「……私は」
ハクレイは不思議な感じに、少しだけ戸惑っていた。
浮かんできたのは、よくわからない暖かな感情。ふんわりとしていて暖かな、まるであの太陽の様なお姫様。
ハクレイは思った。やっぱり、この人の側にいたい。
そして、いまはあの時と状況が違う。フェルシオンのみんなと一緒に行けるのなら……。
「みんなと一緒なら構わない。どうせ主はいなくなったんだから」
ハクレイは直感でわかっている。あのサデスがいなくなっていることを。
研究所、フェルシオンの二つが騎士に襲われているのだ。サデスが襲われないわけがない。
だったら、この状況は願ってもいないこと。
ハクレイは、マリアに了承の旨を伝えた。
条件はただ一つ。フェルシオンのみんなと一緒にいること。
研究所はダメだった。だからせめて、フェルシオンのみんなだけでも一緒にいたい。
そういう願いがあるからこその、条件。
「そんなことぐらいなら構いません。これから、よろしくお願いしますね」
こうして、ハクレイは、太陽と感じた王女、マリアに使えることになったのだ。
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