よくあるテンプレラブコメの冒頭を、クランチ文体で書くとこうなる?
クランチ文体とは、算術記号(+、=、/など)を混ぜた文体のことを指します。こいつを使うと漫画のコマ割りのような効果が働き、物語に疾走感を与えることが出来ます。
バトル描写との親和性が高いクランチ文体ですが、果たしてラブコメで使った場合どうなるのかというのが、本作を執筆した目的です。
あくまで実験作の為、この物語の続きは書くかどうか未定です。悪しからず。
朝――カーテンの隙間から零れる陽光の欠片。
覚醒/予兆――だが布団の温もりに引きずられ、ほとんど微睡んだまま。
騒音――使い古された目覚ましタイマー/乱暴ぎみに止める/すばやく/確実に。
「くぉおおおらああああああ!」
ドアを勢いよく開ける音/何者かが俺のベッドに/ダイビング・ボディ・プレス/布団越しの重み/絶妙/鼻腔をくすぐる香り=グリーンノート。
到来――強制的な目覚めの時。
「起きろやバカアニ! 何時までも布団の中でマス掻いてんじゃねーっ!」
舌ったらずなゲスい声が、俺の脳髄をびりびりと刺激する。
こうなった場合、下手に抵抗することは止めた方が無難だ。
もっと眠りたいよと駄々をこねると、武力攻撃に打って出てくる。
これは、そういう相手だ。
「分かった分かった。起きるから、とりあえずそこどいてくれ」
布団から顔を覗かせる。
視線の先――よく知っている高校の制服に着替えた少女が、はしたなさをかなぐり捨てて、ベッドの布団越しにマウントをとっている。
「よろしい! ではさっさと起きるのだ!」
威張り散らすような声――少女がベッドから離れる。
辟易――布団を捲る。
「お前さぁ、もうちょっと丁寧に起こせよ」
俺は欠伸をしながら、仁王立ちのまま構えた姿勢でいる、その見慣れた少女に文句を垂れた。
「こうでもしないとアニは起きないでしょ!」
「まだ六時三十分なんだけど。早くない?」
「新学期の翌日から遅刻の危機を回避するために愚兄を起こすのは賢妹の大事な役目だと、大昔から決まっているのだよ」
「俺の話聞いてる?」
「聞いてない」
未成長の胸を『どやっ』といった感じで張る少女/貧乳はステータス/そう主張しているような態度。
海老沢舞理=我が愚妹にして、伊奈岡第三高校の一年生/俺のいっこ下。
短めのツインテール/うずら型の顔に覚えたての化粧/薄茶色の猫眼/実際猫みたいな体型=コンプレックス/将来の夢はミス・ユニバースに選出されること=今のままだと絶対無理。
顔――中の上。
成績――上の中。
運動神経――最上の最上。
性格――ハレンチ怪獣。
結果、全てが台無し。
「とにかくさ、ご飯出来てるから早く降りてきてよ」
「わかった。五分で行く」
「四十秒で支度しな!」
よくあるパロディ=使い古された常套句を残し、舞理は先に部屋を出て行った。
カーテン/全開/ベッドの乱れ/修正。
パジャマを脱ぐ/制服に袖を通す=着替え完了。
女子と違い、男は着替えが楽でつくづくラッキーだと思う。
部屋のドアを開ける――二階から一階へ。
味噌汁の香り/腹の虫が鳴りそうなのを我慢してリビングへ。
テレビから流れるニュースキャスターの声を適当に聞き流しながら、テーブルの椅子に腰かける……すこし遅れてから、トイレで用を足した妹が俺の対面に座る。
茶碗に盛られた白米+一パックの納豆+焼きのり+卵焼き+子持ちのシシャモ+きんぴらごぼう+煎茶=豪華な朝食の数々=舞理が料理上手であることの証。
母と父が一年前から海外出張の為に家を留守にして以来、朝と夜の料理当番は妹の役目になっている。
俺がやってくれとお願いしたのではなく、妹自らの提案でそうなっている。
舞理が俺に向けて言った言葉=『アニに料理なんてさせたら、漫画によくある料理下手ヒロインが作りそうな極悪暗黒物質が爆誕するから駄目』=だいたい合ってるから何も言えない。
だが、妹ばかりに負担をかけさせては、兄の沽券に関わる。
俺も妹も学生の身であるから、平日は掃除も洗濯もろくにできない。
だから毎週土曜日は、俺が掃除と洗濯を一手に引き受けている。
それで釣り合いは取れているはずだ。
「いったっだっきまーす」
「いただきます」
二人っきりの朝食――最初は寂しかった/今はもう慣れた。
「そういえばアニ、彼女できたの?」
むせる――慌てて煎茶を口に含む。
「あ、出来たんだ」
「なんでそうなる」
「その反応、実に怪しいですな」
やめなさい。
にやけ顔で、人の顔を箸で指差すのはやめなさい。
「決めつけんな。つーか何だよ藪から棒に」
「いやぁ、最近アニの体から栗の花の匂いがしないから、自家発電行為を止めたのかなぁと。なら原因は何だろうかと考えたら、彼女と新たなるステージに及んでいるのかと」
ししゃもを取ろうとした俺の箸の動きは、そこで止まった。
衝撃――体から栗の花の匂い=不潔というイメージ。
「お、おい、冗談だろ?」
俺の表情=多分、軽く青ざめている/鏡を見なくとも何となく分かる。
「冗談って何が?」
本気で分からないのか、舞理が卵焼きをつつきながら尋ねる。
「お、俺の体からその、栗の花みたいな匂いがするって……」
「あー、あたし戌年で鼻がいいからねー」
オカルトじみた理屈=意味不明。
「あたしレベルの嗅覚になると、二十五メートルプールに垂らされた、たった一滴の男の絞り滓でさえ嗅ぎとちゃっうんだよねー」
警察犬以上の嗅覚――秘められた我が妹の能力=真っ赤なウソ。
「どこまでが冗談で、どこからが本当の話なんだ?」
「全部本当だよ。あ、でも気にしないで。最近は匂わなくなってきてるから」
平然とした様子/気ままに飯を頬張る愚妹。
気分が曇る――なぜもっと早く言ってくれなかった。
別に、クラスの女子からモテたいという願望を持っているわけではない。
ただ、せめて清潔でいたいとは思っている。
だから男物のデオドラントなんちゃらを買い込み、体臭には気を遣っていた。
それが、最低限のマナーだと思って。
崩壊――俺の今までの努力。
海老沢詞郎=栗の花臭い男=女子の間で囁かれているかもしれない、最悪のビジョン。
「それでさ、最初の話に戻るんだけど――」
「いないよいない」食い気味に答える/もう何も考えたくない。
舞理の意外そうな表情=「あれ、そうなの? なんだ、てっきりいるのかと思って」
自嘲気味に言う=「どこの世界にお前、栗の花の匂いを撒き散らしている男と付き合いたがる女がいるんだよ」
「いてもおかしくないと思うけどなぁ」
裏切られる期待/そこはこう言って欲しかった=『あ! さっきはあんなこと言っちゃったけど、別にそんな匂っていたわけじゃないよ! クラスの女子も、きっと気が付かなかったはず!』
それが兄に対する気遣いではないのか、妹よ。
「アニが思っている以上に、女の子ってのはいかがわしい行為に興味深々なんだよ」
ひどい決めつけだ。
「加えて、アニはフツメンときた。そして栗の花の匂いがプンプンする」
「もう言わないでくれよ頼むから……」
「すっごいセックスシンボルってことだよ! 男版マリリン・モンロー的なあれだよ。誇りに思ってくれていいんだよ?」
「大層な物言いだけれど、フツメンじゃなく、イケメンがそういうシンボルになるんじゃないのか?」
良く分からないけど。
「分かってないねぇ~アニ。分かってないよアンタは」
舞理が大仰に顔をしかめる。
愚妹の意見=「イケメンってのはさ、希少種なわけ。めったにエンカウントしないわけ。だからこそ、付き合いたい男子の基準に、フツメンが上位に来るの。言い方を変えるなら、『会いに行けるセックスシンボル』って感じかな」
「ほーん」
握手会とかやるの? 栗の花の匂いをまき散らして?
「公然猥褻なシンボルだ」
「なにさ。折角私がフォローしてあげたのに」
「フォローになってねぇよ」
ますます曇る――俄かに膨れ上がる反撃の心。
「そういうお前は彼氏いないのか?」
「いるよ」
「え!?」
思わず箸を落としそうになる。
ジャンジャジャーン=今明かされる衝撃の真実ゥ~<うるせぇひっこめ!
「ほんとか!」
「嘘だけど」
なんだよもう……
「からかいやがって……」白米を口に運びながら呟く。
「でも、『あ、いいな』って思う男子は何人かいるよ」
舞理が空いている左手の指を折っていく/一本/二本/三本/四本/五本。
「あ、足りない」
箸を置いて、今度は右手の人差し指から折っていく/一本/二本。
「合計七人かな。全員同級生だよ」
「本命は?」
「うーん……」
眉間に眉を寄せて、舞理は腕を組んだ=真剣に悩むときの仕草。
「決められないなぁ……」
「なんだ。全員キープ君か」
「みんな柔道部で、しかもいい具合に汗臭いんだよね。それが余計に決断を鈍らせるの」
「は?」
「あたし、汗臭い男子が好きなんだよねー」
驚愕――由緒正しい海老沢一族の娘にしては、嗜好が変態過ぎる。
思い直す――確かに舞理は、昔からそういう癖があった。
中学生の頃の話/俺も妹も空手道場に通っていた/その帰り道/やたらと俺に『おんぶしてー』とせがんでいた=うなじの匂いを嗅ぐための常套手段。
「でもそれ以上に問題があってさ」
「なんだ?」
「……みんなあんまり強くないんだよねー。誰一人として、地方予選の一回戦すら突破できないんだよ!? 情けないったらありゃしないよ。それでふぐりついてんのかって話だよ」
ため息を吐く/やれやれといった表情。
「あたし、腕っぷしの強い男子じゃないと納得しないんだよね。乙女心が刺激されないって言うかさー」
舞理の中での腕っぷしの強さの基準=エベレスト並みの高さ。
理由――彼女自身の『強さ』が関係。
舞理の体格/十六歳にしてはちんちくりん/だがこいつは怪獣だ/とんでもない膂力を秘めている。
今でも忘れられないエピソード――舞理が小学三年生の時。
当時の舞理の親友/その父親/ギャンブル中毒/大量の借金を作る/悪徳消費者金融からの、明らかに法の一線を越えた催促/連日連夜/心労の溜まった父親=娘を学校へ車で送り届けた後、蒸発。
学校からの帰り/消費者金融の二人組が詰め寄る/まだ九歳だった舞理の友人に/脅し=テメェの親父はどこに消えた。
舞理/俺と一緒に下校中/偶然、現場を目撃/いきなり助走をつけての飛び蹴り/クリーンヒット/吹っ飛ぶ強面のお兄さん。
続けて飛び上がる/小さな体/強烈な延髄切り/驚愕の一手/膝から崩れ落ちる/もう一人の強面。
加えての怒号=『あたしの親友になにさらしとんじゃボケッ!』
騒動の後処理――色々と大変だった。
あれ以来、俺の中で妹は『怪獣』となった。
怪獣にその力を認めてもらう事=ハードモード。
▲
時刻――午前七時四十分。
春を迎えたばかりの伊奈岡市――日本有数の湾口都市/水面が朝日に照らされて輝く/山側には精密部品の製造工場地帯が広がる/高度経済成長期時代から続く光景。
中学校は二つ/高校は三つ/大学は無し=卒業と同時に、多くの少年少女が上京する。
地元に就職する者――いるにはいるが、年々減少。
やっぱり地元がナンバーワン<上京して、より裕福な生活をしたい。
結果――じわじわと過疎に悩まされる故郷/商工組合=渋い面。
新しい方針/観光産業への注力/具体的計画/未だになし。
「(俺はどっちにしよう……)」
不意に考える/将来のこと/何も浮かんでこない/自分に失望/少しだけ。
一人きりの登校/舞理は日直の仕事があり、俺より少し先に家を出ている。
「(あ、そうだ)」
思い出す/制服のズボン/取り出す/スマホ。
「(運勢運勢……今日の運勢……)」
占いアプリの起動――妹さえ知らない、俺だけの秘密。
俺にとっての占い=羅針盤/その日の行動に意味を与えてくれる。
俺の学校生活は、占いの確認から始まるのだ。
「(今日のみずがめ座の運勢は……おっ!?)」
やった/小さくガッツポーズ。
「一位かぁ……」
思わずにやける=気分昂揚の証。
「(どれどれ……)」
勉強運/金銭運/恋愛運=三つの結果を確認しようとした、その時だった。
「そ、そこの人ぉぉぉぉおおおおおお!? どいてくださいいいいいいいいっ!?」
脇の通りから強烈な叫び声/はっとなる/思わずそちらを振り返る/直後・激突。
「ぎゃべっ!?」
鼻の辺りに痛烈なヒット/そのまま転倒。
「いっててててぇ……」+頭をさすりながら。
「ご、ごごごごごごめんなさい!」
女の子の声/からからと回る音=おそらく倒れた自転車の音。
目の奥がちかちかする/頭痛ぇ。
「わ、わわわわわ……」
罪悪感からか、どうやら相手は慌てているらしい。
でも、思えば歩きスマホをしていた俺が悪いのだ。
相手が謝る道理など何処にもない。
「い、いや、俺の方こそ……」
目を擦り、瞼の奥から痛みを追い出す/視界が復活していく。
「ごめんな――」
さい、と言いかけたところで息を呑む/目の前で膝をつき、こちらににじり寄ろうとしている少女の姿に。
腰まで伸びた銀色の長髪+練り込まれている金色の色味/コバルトブルーのカチューシャ/日本人離れした、目鼻立ちがくっきした美貌/顎に小さなほくろ/今にも泣きそうな潤んだ青い瞳/薄くラインの引かれた唇/その周りに、どうしたことか生クリームが付着している。
なんで?=疑問――すぐに氷解。
足元にぐしゃりと散らばるショートケーキ。
推論=この女の子は、ショートケーキを食べながら自転車を漕いでいた。
……本当に? 奇特過ぎない?
まじまじと見る/女の子/俺と同じ第三高校/女子制服=胸元の赤いリボン+黒と白のチェック柄+短めのスカート。
その背中から出現している翼=鳥というより、天使の羽にも似た形状の大きな翼/半透明。
翼……翼……
確かに翼だ。
……奇特過ぎない?
「あの、どうかされまし――」
俺のいぶかしげな目つきに何かを感じたのか、その少女は首を曲げ、自身の背中に視線を向けた。
その途端だった。
「あ、あ、ああああ!?」
頬を真っ赤に染めて、女の子が狼狽/なんか可愛い/いやそんな事を言っている場合じゃない。
「きみ、それ……」
「な、なんでもない! なんでもないんです! え、エラー! これはエラーです!」
口でエラーと言いながら/身振り手振りでセーフのポーズ。
「ほ、本当にすみませんでした! そ、それじゃ!」
茹で蛸状態の女の子/自転車を立てて跨る/そのまま全速力で疾走/ただし、翼は背中から出たまま。
するとどうなるか。
「はっきゃあああああ!?」
お、すげぇ。自転車に乗ったまま、女の子がどんどん上空に昇っていく=名作SF映画の再解釈。
「ま、まずいまずい!」
慌てふためく女の子/ひゅっと羽が消失/重力が作動/五メートルくらいの位置から落下。
「ぶべつ!?」見た目からは想像できない声。
「あちゃあ……」
なんだか忙しい女の子だ/心配だ/放っておけない/なにせ五メートルばかしの位置から落下したんだぞ/それも頭から/怪我、していないだろうか?
「う、ううううううう……」
近寄ろうとした時だった。
女の子がよろよろと立ち上がった。
驚いた――どこにも怪我を負っていないらしい。
「うわーーーん!」
こちらを振り返ることもなく、女の子は大声を出して自転車に跨って行ってしまった。
「(……頑丈すぎるだろ)」
女の子も、自転車も。
▲
時刻――午前八時二十分=始業ベルが鳴る十分前。
四階建ての伊奈岡第三高校の新棟/三階部分=二年生の教室がある。
そのうちの一つ/二年二組のドアを開ける。
「来たな。レイニー」
最後列+一番窓際の席/一人の男子学生が声を掛けてきた/深い声色で/しかも俺の名前じゃないのに、俺の方を見ながら。
「俺の名前は海老原詞郎だよアホ」=当然の返答。
男子学生=クックックと笑いながら「特殊検診の結果は良好なようだな。安心した。君を始めとする08メンバーは、その任務遂行時において、誰一人として欠けてはならぬ存在なのだから」
ため息交じりに+「また新しい設定か?」
男子学生/心外だと言った表情で「設定!? 違う! この世の真理だ! 我々は車輪の中心軸で生き続けるべきなのだ!」
テンション高めな男子学生=巻島平吾=俺の悪友その一/アイドルグループにいそうな整った顔立ち/細い体/身長=176cm=俺より少し高い/全国共通模試三位=秀才/病的な妄想癖を拗らせている/意識的な中二病患者=根はいい奴/突発的な絡み/厄介。
まだらに染めた髪+白く染めた改造制服=手遅れなくらいに校則違反/本人はどこ吹く風/教師も注意するのを諦めている。
「で、今度は何のアニメの影響を受けた?」
尋ねる/巻島の隣の席に座り、授業の準備をしながら。
「アニメじゃなくて、小説なんだとさ」
俺の前の席から声/ファッション雑誌を片手に/明るい金髪の女の子がこちらを振り返る/シャープな目つき/雌豹を思わせる。
俺の悪友その二=水宮鞠巣/小麦色の肌/ドルフィンデザインの派手なピアス/上着を腰に巻き/白シャツを第二ボタンまで外している。
見るからに不良/勉強嫌い/不真面目ではない/不思議な女/密かにファンクラブあり/本人は迷惑がっている/かなりのナイスバディ/欲情した経験――絶無/理由=男勝りな性格のせい。
「小説? 何の?」
「えっとねぇ」=しばし考える水宮。「なんとかヴェロシティとかいう小説」
「アマルトゥ・ヴェロシティだよちゃんと覚えろビッチ」=巻島渾身の早口悪態
「うるせー拗らせ童貞オタク。キャラ崩れてんぞ」=水宮の冷静な口撃。
「おっと……私としたことが……クックック」=不敵な笑みで腕組み/こりゃ相当入り込んでるな。
仕方なく付き合う「それで、レイニーってのは?」
良くぞ聞いてくれたとばかりに、巻島が胸を張る。
「レイニー・ザ・ソリッドプリンター。自らの皮膚を粒状組織に置換した事で、あらゆる人物に変装できる。その声色までも完璧に」
「そりゃあいい。便利そうじゃん」
「……『じゃん』じゃない」と、巻島=いきなり素のトーンで。
「は?」
「レイニーの語尾はいなかっぺなんだよ。『だど』とか『だべ』とか」
「…………」
無言/真剣な巻島の目つき/逃げるようにして視線→水宮へ。
水宮=困ったような顔つき=かわいそうだから付き合ってあげてのメッセージ。
半ば諦める≒ノリに任せる。
「……そ、そりゃあいいべ。便利そうだべ」
「そういえば今日転校生がくるらしいぞ」=急激な方向転換。
「いきなり話の梯子を降ろすんじゃねぇ」
「しかも留学生らしい」=そのまま逆走。
「そのまま続けようとするんじゃねぇ」
そこで水宮が食い込む=「あ、その話なら姉さんから聞いてる」
水宮の姉――一年生のクラス担任=学校事情の情報源。
「なんでも、青い眼をした女の子だって」
「青い眼……アイスブルー……だと!?」=巻島、中二病再発/そのまま俺の肩をがっと掴む/憐みの目で俺を見る。
「残念だ、レイニー」=設定復活。「今日限りでお前は死ぬ」
「は? なんで?」
「アイスブルーの瞳……間違いない。ガトル・ガールの軍刀使いだ。そいつにお前は、首を掻っ切られて死ぬんだ。そして血塗れの首なし死体となって、ごろんと横たわるんだ」
「いきなり物騒な話になったな」
「語尾」
「……い、いきなり物騒な話になったべ」
「可愛かったらいいなぁ、その転校生」
「お前、もうこの設定使うの飽きてるだろ」
「だーっもう!」と、巻島がちゃぶ台をひっくり返す勢いで両手を挙げた。「今日はいまいち、キャラにのめり込めないなぁ」
「疲れねぇのかよ、そんな役に入り込んでよ」
「うるせー。俺は演技派――」と、巻島が眼鏡越しに俺の顔をまじまじと見る。
「お前、なんでそんなに鼻の頭赤いの?」
「あ、ほんとだ」と、振り返って水宮。「どしたの? 局地的日焼け? メラニン不足で黒くならないパティーン?」
「今は春だぞ。日焼けじゃねぇ。女の子とぶつかったんだよ。それでこうなった」
「ぶつかった?」巻島の好奇心が駆り立てられる。「どこで?」
「通学途中の曲がり角」
「かーっ!」=水宮の反応/おっさん臭い/おまけによく見たらコイツ、足めっちゃ広げて座ってやがる/女らしさの欠片もない。
「信じらんねぇ。マジなにそれ? 古典的ラブコメ? これで相手が完璧美少女だったら、あんた月が地球に落下してハルマゲドンだよ」
「確かに可愛かったな」
脳裡に思い描く/今朝の女の子/青い瞳/偶然だろう。
「でもちょっと変わった子だったぞ。なんか、ショートケーキ食いながら登校してたし」
「不思議ちゃんかぁ」=巻島が眉をハの字に寄せる。「ちぃっと厳しいなぁ。俺の伴侶兼雌奴隷としては」
飛び出す/朝っぱらから/ひでぇワードが。
水宮が鼻で笑う=「中二拗らせ万年童貞が相手できるような玉じゃねぇだろうよ」
「ああん? やんのかこらあん?」=巻島、腰を浮かせて威嚇/でも全然迫力がない+細い体つき=弱そう。
水宮――振り返って挑発的笑み。「テメェこそやれんのかよ、童貞クソコングロマリットオタク。いいぜ、枯れ果てるまでテメェのポークピッツを搾り取ってやる!」
「上等だぁクソビッチ! オメェには中学時代からの積根の恨みが、不法投棄された産業廃棄物のごとくそびえたってるんだよ!」
「埋め立てろよそんな恨みは」=俺の懸命のツッコミ。「てか、そもそも恨みねぇだろ」
「ははーん。ふほーとーきされた、さんぎょーはいきぶつー?」=水宮/あり得ないくらいの棒読み/意味、絶対分かっていない/コングロマリット知ってるくせになんで?
キーンコーン=唐突なベルの音=ホームルームの開始。
「おーし、全員揃ってるなー?」
ガラガラとドアを開けて、パンチパーマ姿の傷面が教室に入ってくる/途端に静まる教室/巻島も水宮も、喧騒を止める/俺も大仏のように静まる。
後藤貞治――二年二組の担任/右目が義眼という噂/プロレスラーじみた体格/通称・センケンの後藤/高校時代、千人の不良を相手に、拳だけで大立ち回り=通称の由来/嘘くさい/多分、俺の妹の方が強い/圧倒的に。
「えーっとな、みんなも知ってると思うが、今日から転校生がこのクラスに出入りする。言うなればカチコミなわけだが、まぁそこは手打ちといこう。まずは舎弟から始まり、頑張り次第では若頭だ。いずれはこの組の、文字通り『組長』になってもらうことになるかもしれない」
組長=要するに学級委員長/後藤先生独自の、ヤクザじみた台詞回し。
「だからみんな、仲良くするよーに」
だから、と付ける意味が良く分からない。
「それじゃ、入ってきていいぞー」
がらりとドアが開く。
「失礼します」
透き通った声/女の子の声/印象的/清楚/真面目/湧き上がるイメージ。
露わになったその姿――俺の目が、自然とその子に吸い寄せられる。
運命――いや、まさか、そんな。
「じゃ、自己紹介してくれ」=後藤先生の言葉/でも俺の耳には届かない/それどころじゃない/これは/この展開は。
「みなさん、初めまして」
笑み――ちょっとドキリとする。
「エリスティル・ハートバードです。よろしくお願いいたします」
確信――今朝の女の子/ショートケーキ/天使の羽。
噛み合う予感――青春の歯車。