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その2

「な、なんじゃとーーーー!、お、おと、おとこと一晩を同じ部屋で共に、と・・・ともに過ごしただとぉ!そ・・・それでおめおめと・・・こ、ここ、この私の前に現れたというのか!!それにあの立ち入り禁止の呪われし部屋に。。。!?う・・・あ・・・」


ブツッ


十メートル以上離れたところからでも耄碌して耳が聞こえないゴブリンでも聞こえるほど、盛大な音を立てると彼はそのまま意識を失った。


「きゃぁ!お父様!どうしたの!」


エリカは自分でも白々しいと思いながらも上座から見下ろしていた父親にすがりついて、その体を揺さぶった。


「う、うーーん」


「おきないでー」


バキッ


彼女はうっかり目を覚ましかけた父親をしたたかに殴りつけて、ふたたび忘却の彼方に押しもどすと、手近なところにあったハンドベルを鳴らした。


「公爵様が気を失われたわ!すぐに介抱して!」


びっくりして右往左往する年老いた侍従たちを横目に見ながら、彼女はスタスタと部屋を抜けだした。


・・・否、抜け出そうとした。


「お嬢様!」


背後から彼女の最も苦手とする侍従長のギジェルモの声が呼びかけた。


「あちゃーーー」


どうやら彼女の苦難はまだ続くようだ。


***


一方、ウィレムは台所でコック長と口論していた。


「なんだって、そんなブタの肉を炭火でチロチロと焼くんだよ!そもそも俺はてめーの召使いじゃねーぞ」


「だまれ若造!おまえがこの館の使用人であることぐらい、お嬢様の証言でわかっとるわ!ぐだぐだ言わんとその豚肉みてろ!」


「な、なにぃ・・・」


ウィレムはいつのまにやら魔導士のローブを脱がされ、いつの間にか似合いもしない料理人の小汚いお仕着せの服を着せられていた。


「く、くそっ・・・魔力と体力が回復するまでだ。そうすればこんな奴ら、落雷で皆殺しにしてやる・・・・ブツブツ」


「こら、そこ!ブツブツ言ってねぇで仕事に・・ってあー。なんか焦げクセェと思ったら豚肉焦がしやがったな。このふぬけめ!」


コック長はウィレムを押しのけると豚肉を竃から拾い出した。


「ったく、てめーにゃ何やらせてもダメだよ。おめぇみてぇな役ただず、この世からさっさといなくなっちまえばいいんだ。てめーは料理人のクズだ!」


「おれは料理人じゃねぇ!」


「うるせえ、おれの話を聞け!!料理の道とはな・・・」


「だから、おれは料理人なんかじゃ・・・」


「かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!


ちょっと見込みがあると思って、いちいちこまかいことを手ほどきしてやろうと思ったら!えーい、地獄に落ちろ!」


ゴン!!!


今日3回目となるコック長のフライパンの強打が無防備だったウィレムの顔面を狙った。


「あいっ!」


フライパンは見事にウィレム粉砕すると、カランと渇いた音を立てて床に落ちた。


その場にウィレムは崩れ落ちる。


「ふんっ、おまえなんぞ・・・」


コック長は足音も荒く、部屋から出ていった。


***


「お嬢様」


ギジェルモはここで言葉を切り、大きくため息をついた。あごひげをしごきながら眉をしかめている。長い長い小言の始まる前兆である。


「なに?」


「なにとはなんですか。いいですか、高貴な女性たるもの、一晩をあのような呪われた部屋で過ごすことすらもっての他なのに、ましてやあのようなどこの馬の骨ともしらぬ者と過ごすなど・・・」


「あいつは多分、この館の使用によ。あの部屋が立ち入り禁止だって知ってたみたいだもの」


「しかしです、お嬢様。あの者はこの館の使用人の名簿には乗っておらぬのです。とりあえずコック長のシーザーに世話をたのみましたが、いずれ出て行ってもらうしかありませんな・・・」


「え?でも・・・」


「え、でもとはなんですか。いいですかお嬢様。高貴な女性たる者・・・・」


もう、エリカはギジェルモの話しなど聞いていなかった。


ーこの、館の使用人じゃない?じゃあだれ?あの人、この城を自分の家だった言ってたけど・・・。


「・・・ですから、常にレディとして、貞操と摂生をまもって・・・」


ーたしかめなくちゃ!


ガタッ


彼女はイスを倒す勢いで立ち上がると、勢いよく部屋から駆け出した。


「・・・お、お嬢様。まだ話しは終わっていな・・・・」


背後でギジェルモの声が虚しく響いた。


***


「大丈夫?」


冷たい感覚が顔の上を動き回る。


「え?」


「あー良かった。しんじゃったかと思った」

ウィレムはふとわれにかえると辺りを見回した。


あいかわらず小汚い台所の中だ。無様に床に倒れていたらしい。


しかし、側には一人の、おそらくはここの使用人であろう、大人しそうな若い女性がいた。


手に濡れたハンカチを握っている。


どうやらさっきからそれで顔の拭ってくれていたらしい。


生地の一部が赤く染まっているところを見ると、どうやら俺は鼻血を出していたらしい。


鼻がまだ少しヒリヒリするが、じきに良くなるだろう。


「ねぇ、大丈夫?料理長ったらあんなに強く殴るんですもの・・・」


「あ、・・・君は?」


「わたし?わたしはメイシー。ここの厨房で働いているの。よろしく、新入りさん」


彼女は明るい髪の色合いで、ニッコリと笑顔を作った。


「料理長のこと、あんまり怒らないでね。あのひとがこんなに怒るってことは、きっとあなたに料理人としての素質があるからよ。わかんないことがあったら、わたしも教えてあげるから・・・」


「俺は料理人なんかじゃねぇよ」


「え・・・?じゃぁ何?」


「俺は魔導士なんだ。俺の名前は魔導士ウィレム。この館の主人だよ・・・」


「そう・・・」


メイシーはそう言うと、まだ床に大の字でころがっていたおれの頭を彼女の膝の上に乗せた。俗にいう膝枕というやつだ。


そして、メイシーは、雨に打たれて震えるかわいそうな子犬を見るかのような優しい目つきになると、そっとウィレムのおでこを、持っていたハンカチでやさしく拭った。そして、小さい子に言い聞かせるように、さとすようにウィレムに話しかけた。


「だいじょうぶ、大丈夫よ・・・。すぐに元にもどるわ・・・。きっとコック長、あなたの頭をよほど強く打ったのね・・・。」


***


コンコン


軽いノックの音で、料理長のシーザーは我に帰った。


「入りやがれ。ただし、武器を捨てて、両手を頭の上に乗せて、後ろ向きにだ」


シーザーは入ってきた人物を見て、目をひんむいた。酔いもすっかりさめてしまう。


「お、おじょうさま。失礼しました。お手を、お手をお下げして・・・あ、あの、・・・その・・・無礼な口のききようで・・・」


「いーの!」


エリカはそう言ってニッコリ微笑んだ。


事実、彼女は自分の「ニッコリ」にかなり自信を持っていた。今までこのニッコリが通じなかったのは2回、1回は父親相手についさっき、もう1回は昨晩、ウィレムに対してである。


エリカは元気よく言った。


「ところで、今日入ったヒト、どう?」


「え?あの若造ですか?あいつは見込みがありますよ。俺にはわかるんだ。奴の目は紫色に澄み切っていて・・・・、そう。千年に一人の名料理人の目です」


***


はーーーっくしょい・・・・と、メイシーにひざまくらされたウィレムは盛大なくしゃみをした。

「だいじょうぶ?風邪かしら?」


***


「そうなの?でもなんで、あなた昼間からお酒なんか飲んで・・?」


「あ?これっすか?あの若造のせいですよ。あいつは自分の素質に気づいてないんですよ。あの能力を使うすべを知らない。だから・・・その・・・」


「で?今かれはどこにいるの?」


「あ・・・、たぶん台所で・・・。あっ、呼んできますか?」


「いいの、わたし行くから!」


「あ、お、おじょうさま。・・・ちょっと待っ・・・」


エリカはシーザーの声も上の空で聞き流すと、部屋を駆け出した。


***


「かわいそうに・・・・」


メイシーの手によって勝手に「かわいそうなヒト」にされてしまったウィレムは頭をメイシーの豊満な胸で抱きかかえられたまま、ほとほと困り果てていた。


おかしい。


何かがおかしい。


なぜ、自分の名前をいっても、だれもビビらないのだろう。


泣く子も黙る、街道に悪名轟く大魔導士ウィレムの名前がまるで通じない。


それに、そもそもウィレムは、「料理の才能がある」といわれるのだけは、ほとほと不本意であった。最初に弟子入りした魔術の師匠には、まるで料理の才能が無いと、常々言われ続けてきたからだ。今更悪の大魔導士から悪の大料理人に転職するつもりもない。


ガチャ


扉の開く音が止む前に、きまずーーい雰囲気が台所を包んだ。


そこには昨晩介抱してくれた若い女性が立っていた。


メイシーがゆっくりと振り返る。


「あら、お嬢様・・・」

「あら、あなたたち・・・」


ウィレムはメイシーの腕の中で凍りついた。


「そ・・・そう・・・・」


エリカは呆然と回れ右をすると、機械仕掛けの人形のようにギクシャクと機械的に歩き出した。


エリカの頭の中にはすでにいっぱいになっていた。


ーな、なに?なんなの?あの二人?だれ?あの女・・・??


エリカは苛立った唸り声を上げると、じぶんの部屋に向かって一目散に走り去った。この気分が俗にいう「嫉妬」というものだと気づかないまま。


一方、ウィレムはメイシーの手を振りほどいて、ゆっくりと立ち上がった。若干フラフラする。


よくわからないが、今の力関係をかんがえると、このままここに、こうしているのは良くない。


とにかく逃げ出す。



一刻も早く逃げ出すというのがウィレムの取れる唯一かつ最善の道だと本能が叫んでいる。


「どうしたの?」


メイシーは彼の紫の瞳に宿る、並々ならぬ決意を感じたのか、多少不安げにウィレムに声をかけた。


「ここを離れる。たぶんもう、戻らない。じゃぁ・・・」


そのまま立ち去ろうとしたウィレムの服の裾を素早く掴んで、メイシーは床に膝を落としたまま言った。


「わかったわ、あなたの決心の固いことは。でも、辛くなったらいつでも帰っていらっしゃい。わたしはいつでも、いつまでもあなたの恋人よ。世界の・・・ううん、世界中の料理を見て、帰ってくるのよ?」


ーだれが、だれの恋人だって?え??


ウィレムは心に多少の不安を残しながらも台所をあとにした。


台所からは、メイシーの少し間延びした祈りが漏れてくる・・・・


「ああ、神様。この子はまだ若いの。そうよ、だから守ってあげて・・・・」

とりあえず、いったんここでおしまいとしていたのですが、後日続編を書いていたのを見つけましたのでもう少し続きます。

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