ホームセンターにて
キョトキョト、そんな表現が似合う。
知らない場所に放り込まれた子供のように、あちこちに視線を飛ばして、ゆっくりと首を傾ける。
そんな姿が可愛らしくて愛おしい。
「ね、ね、あっち行こあっち!」
本当に高校生か疑いたくなるほどのはしゃぎっぷり。
縮毛矯正をする気なんて一切ない、と言っていた通りにふわふわの癖っ毛が揺れて、野暮ったい黒縁眼鏡の奥にある、茶色のくりくりした目が輝く。
たかがホームセンターでここまではしゃげるらしい。
近所に新しく出来たホームセンター。
なかなか行く暇がなかったのだが、本日は平日ながら開校記念日で学校自体はない。
そして平日だし出来てから少ししたし、という彼女の言い分でこのホームセンターまで引っ張って来られた訳だ。
「へぇ、ペットショップもあるのか」
「あっちには魚がいるよ!」
私服のため、高校生に見られるか微妙だ。
主にそのはしゃぎっぷりのせいで。
だが、ホームセンターで一番最初に見に行くものではない気もするが、些かはしゃぎ過ぎな気もするが、彼女が楽しんでいるならばそれでいい。
薄い色のカーディガンが翻る。
ボタンを一つも止めていないそれを、片手で手繰り寄せながら、もう片方の手で俺を早くと呼ぶ。
いつもより高めの靴がカツン、と音を立てて床を蹴った。
ホームセンターの入口から見て一番奥。
そこに小さな小さなペットショップがある。
外から見るに猫しかいない。
同じ種類の子猫が二匹ほど同じケースの中に入れられていて、思い思いに過ごしていた。
ガラス越しにこちらをつぶらな瞳で見つめる子猫に、彼女は吸い寄せられるように近付いて行く。
他の猫は毛繕いをしたり、同じケースの猫と戯れたり、眠ったり。
彼女は小さく「可愛い」と呟いて、その猫のガラスケースの前にしゃがみ込んだ。
可愛いのはお前だよ、と声が漏れそうになるが、手の平で物理的に押さえ込む。
ペットショップの隣には、薄そうな壁で区切られた同じくペットショップ。
彼女が釘付けになっている方は猫オンリーだが、隣の方には鳥や兎がいる。
長めの黒い毛に、ジッとこちらを見つめる金色の瞳に魅せられたように、そこから動こうとしない彼女。
中に入れば、と言いかけて口を噤む。
彼女は何となく俺の言いたいことが分かったのだろう、猫を見詰めたまま静かに首を横に振った。
「アレルギー、あるから」
小さく吐き出された言葉に歯痒くなる。
元々彼女の家では猫を飼っていたし、彼女が飼っている間にアレルギーを発症したことも知っている。
だがしかし、同時にそれ以上に彼女が動物が大好きで、飼っていた猫が大好きなのを知っているのだ。
その猫もしっかりと亡くなるまで、彼女の自宅で飼っていたらしい。
常にアレルギーの薬を飲み、部屋を清潔に保つことで発症を抑えていたと聞く。
それ以降動物を飼うことはなく、彼女もアレルギーが発症しないように時を使い、動物に手を出すことなくなった。
「いいなぁ、可愛い」
指先で固く冷たそうなガラスを撫でる彼女に、グッ、と胸が詰まる気がした。
猫がゆっくりと立ち上がり、丁寧にブラッシングされたであろう毛を見せびらかすように、彼女に背を向ける。
ゆらり、と揺れる尻尾を見て彼女は小さく「またね」と手を振った。
「次はお魚、みたいな」
パンパンッ、と手で膝を叩く彼女。
振り向けばきちんと俺に笑顔を向ける。
笑顔のままで、俺の腕に自分の腕を絡めてくる彼女からは、自然な甘い香りがした。
「だからホームセンターで見るものじゃないって」
「えへへ」
ぴったりと寄り添う彼女に、軽く突っ込めば愛しい締まりのない笑顔。
ガラス越しに猫の鳴き声を聞きながら、俺は彼女の細い腰を抱き寄せた。