好きな人
ああ、ついついため息が出てしまう。
「どうしたの、ため息なんかついちゃって」
「この頃クリスティアーヌ様なんだか元気がないみたい、ってちょうどカーラと心配していたの」
カーラさんとエマさんが心配げな顔で覗き込んできた。
いやだ、そんなに表面に出ていたのかしら。ちょっと恥ずかしい。しかも気づかずにため息までついていたなんて。
どうやらパートナー問題は自分で思う以上に私にとって憂鬱な事態だったらしい。
心配させてしまった申し訳なさに、私は二人に今の悩みを正直に打ち明けた。
「はー、貴族って大変ねぇ」
「そうね、私達なんて別にパートナーなんて気にした事も無いものね」
カーラさん達が驚いたように言うけれど、そうよね、これって貴族だけのなんというか体面のようなものだと思うの。
「クリスティアーヌ様は好きな人とかいないの?」
「えっ!?」
あまりにも直球で繰り出されたエマさんの質問に、私は素で驚いてしまった。
「そんな、こと。考えた事がなかったんですけれど」
「でももう殿下の婚約者ではないんでしょう?」
「それは、そうですね」
「で、婚約者もいないんでしょう? 恋愛は自由なんじゃないの?」
そう、なのかしら?
「ちょっと、エマ!」
「ええ? だってレオ様とか素敵な方がすぐ傍に居るのに、もったいないじゃない。せっかくなら好きな人とパートナーになれた方が百倍楽しいと思うわ」
「レオ様」
「エマったら! 貴族はそんな簡単じゃないんだって! 多分!」
エマったらこういう話好きなのよ、ごめんね、となぜかカーラさんに謝られた。
まだまだ突っ込んで聞きたいらしいエマさんを、ぐいぐいとカーラさんが引っ張って連行していく。
その後ろ姿を見ながら、私はなんだか、新鮮な空気を吸ったような気持ちになった。
好きな人。
資料館に向かいながら、二人との会話を反芻する。
前の世界では、すごく身近だったその概念。この世界では、結婚は家が決めるもの。婚約者はいつか私を断罪する人。自由になってからもあまりそんな事考えた事も無かったけれど。
「好きな人、かあ」
もしそんな人ができたら、お父様はどうするんだろう。応援してくださるんだろうか。
グレシオン様の婚約者ではなくなった私を、最初は好奇の目で見てくる方も多かったけれど、漸くそんな視線もなくなった。このところでは以前と変わらず権勢を保つ我が家に、婚約という食指を伸ばそうと考える家もあると聞いている。
お父様は自由にしていいと仰っていたけれど、これまでは市井官になりたいという気持ちでいっぱいで、そんな事に気が回らなかったけれど。
「好きな人……」
もう一度、呟いてみる。
ふんわりと浮かんだのはやっぱり護衛をしてくださる殿方達の顔だった。