交渉
「ガレーヴとはまた遠いな。なんで急にそんな辺鄙な場所に行く事になったんだ?」
「卒業生だから知ってると思うけど、実は紅月祭の準備で必要なんだ」
「紅月祭か! 懐かしいな」
ふわっとマークさんの顔が緩んだ。楽しい思い出とか、あるのかしら。
マークさんが参加したのは、きっともう何年も前の事なんだと思うのだけれど、ふと、どなたをエスコートされたのだろうと気になった。
まだきっと、冒険者になってもいなかった、私達と変わらぬ年のマークさん。ふふ、ちょっと想像できないけれど、会ってみたいものだわ。貴族然とした顔で、気取った装いで誰かとダンスを踊ったりしたのだろうか。
「……しかし、それでガレーヴとは意外だな。 そう特色のない村だったと思うが」
すぐに真剣な表情になったマークさんが、考え深げにそう問いかける。マークさんもその辺の事情はしっかりと把握しているらしい。
「特産物も少ない上に悪路で流通も難しい地域だろう、確か賊も出ると聞いた。坊ちゃんが危険を冒していくほどの場所ではないだろう?」
「坊ちゃんとは酷いな、これでもクリスちゃんの護衛を任されるくらいには腕もあるつもりだけど」
「それでも危険だと踏んだから俺に依頼を出したんだろう? お前はまだ学生だ、無理するもんじゃない」
レオさんはなんとか空気を和らげようと冗談めかして返すけど、マークさんは本当に心配なのか、厳しい瞳のまま揺らがない。
「なんなら俺が商隊と目当ての物を確保してきてもいいが」
「うーん、有難いんだけどさ、それじゃ意味がないんだよね。俺が行く事に意味がある」
口元は笑みを作っているのに、レオさんの瞳はとても真剣で、その言葉が誇張も何も含まれていないことを端的に表していた。
「クリスちゃんからガレーヴからの商隊が持ち込んだ面白い食材の話を聞いてね、面白そうだったからちょっと色々調べてみたんだよ」
「まあ、でもあの食材は今頃が旬だと聞きましたけれど。紅月祭の頃では旬を過ぎているのでは?」
私の話がきっかけだった事に少し驚きながらも、懸念をすぐさま口にした。無駄足を踏ませるのは、レオさんの忙しさの点からも、マークさんにまで迷惑をかけるだろう点からも看過できないから。
「そう、ブルーフォルカとかはさすがに紅月祭の頃には既に実が落ちるくらいの季節だったよ。でも」
「それに代わる面白い食材を見つけたわけか」
マークさんの言に、レオさんが満足げに頷く。
「そういうこと。しかもガレーヴを中心に山間、谷間を挟んでさらに奥地のピッカ村までの間に、この王都ではほとんど出回っていない特色のある産物がいくつかあるんだ」