セルバさんの熱意
「問題なんですか?」
残念ながらどこが問題なのかは、私には皆目見当もつかない。
「ああ、魔力貸与の術式は検証済みだと言っただろう? その際『取り込む』とか『混ざる』なんて事例はなかった」
「まあ」
「あくまで人から貰った魔力をそのまま使うだけだ。自分の魔力とは当然質が違うから効率が悪い。なのに君はいち早く僕の魔力に順応して自身の魔力を高めただけでなく、僕の魔力を取り込もうとしてる」
とても面白いと思わないかい? と尋ねられたけど、もちろん私が狙ってやったことでもないし、いまいち面白さが分からないんだけど……。
「これが魔力貸与を継続的に体内を循環する術式に組み替えたから起こったことなのか、君という器の問題なのか。それを探るだけでも面白いだろう。そうだ、弟君。君も協力してくれないか? 血筋の可能性も否めない」
「嫌だね、何されるか分かったもんじゃない」
「おや、この発見で魔術の歴史が塗り替えられるかも知れないよ? 国の発展には欠かせない事だと思うんだけどな」
そう言われてしまうとルーフェスも弱いらしい。うーん、と唸って黙り込んでしまった。
以前は毎朝、隅の席で優雅にコーヒーを飲みながらずっと本を読んでいる寡黙な印象だったのに、研究の事がかかわると急に饒舌になるセルバさんには、このところ驚かせられてばかりだ。
意外にも押しが強い方だったのね……。
しばらく唸っていたルーフェスは、やっと決心がついたのかセルバさんを仰ぎ見た。まだ青い顔をしているというのに、瞳だけはなぜか挑戦的に輝いて見えるのは気のせいかしら。
「まずは仲間内での検証を先にやってくれ。その結果をもとに血筋の可能性がでた場合は、まずは僕が協力する」
「それはありがたい。サンプルの質としてもちょうどいいしね」
にっこりと微笑むセルバさん。ルーフェスはげんなりした様子で「ただ、この事は父にも報告するから」という言葉だけ残して、長椅子に体を沈める。
可哀想に、こんなにぐったりしたルーフェスなんて、そうそう見ないわ。さっきの『魔力を見極める』のが、よほど気力を奪ったのでしょうね……。
「ふふ、回復魔法をかけようか?」
長椅子に辛そうに体を預けるルーフェスに、セルバさんがからかうように声をかける。もちろんルーフェスは不機嫌な顔のまま、セルバさんを睥睨した。
「僕まで昏倒させる気か」
「とんでもない。クリスちゃんだって今はすごく元気じゃないか。クリスちゃん、体がポカポカしてるって言ってたよね?」
「ええ、湯船に浸かっているように心地よい暖かさです」
「ほらね。しっかり回復してるだろう? たぶん回復魔法の術式が、体内を循環させている魔力に『混ざる』事で、効果が極端に上がってしまったんだと思うよ?」
なるほど、栄養ドリンクのつもりが強すぎるお薬になっていたってことなのね。おかげさまで今ならルーフェスをおんぶして帰れそうなくらい、力が湧き上がってくるのを感じる。
渋るルーフェスを説き伏せて、回復して貰ってから私達は家路についた。
本当はお店を手伝ってから帰りたかったのだけれども、倒れてしまったせいで女将さんがとても心配していて、お店に立つのを許してくれなかったから。
護身術もお店の手伝いも中途半端になってしまったのが心残りではあるけれど、この日私は、この世界の魔法について、少し詳しくなれたのだった。