想定外の何か
「では回復魔法を組み込んだのが悪かったのか? ところがだ」
人差し指を自分の顔の前で軽く動かしながら、セルバさんは考え考え口にする。
「術式に組み込んだのはそれこそ微弱な回復魔法だ。なんせ疲労回復だからね、例えば欠損を癒す時の出力とはレベルが違う。そもそも回復魔法なんて使い古された感があるくらいに安全な魔法だ」
「そう、ですね」
「だから僕は途方にくれてしまった。倒れる理由が見つからない」
確かに。
「ただ、こうして今の君をじっくり見ていると、少し理由が読めてきた」
セルバさんはそう言って、私をじっと見つめている。アメジストのような透明感のある薄紫の瞳に、まるで皮膚の中まで見透そうとしているかのように深く深く観察されるのは、なんだか緊張するし面映ゆかった。
「クリスちゃんが倒れた時には体の中で魔力があまりにも激しく動いていて、体内で何が起こっているのか皆目つかめなかったんだけど、今はかなり安定してる」
「さすがにそういうのは分からんな。俺から見ればさっきまでのクリスは真っ青で、今は元気そうって事くらいだが」
「体内を巡る魔力を視認するにはセンスがいる。魔術師でも見ることができない者も多いからね」
「そんなもんか」
マークさんはしばらく目を凝らしていたけれど、諦めたらしく両手をあげ、いわゆる「お手上げ」ポーズをしてみせる。一方ルーフェスは見極めようとしているのか、セルバさんに倣って私をマジマジと見つめてくるんだけど。眉間に深いしわが寄って、我が弟ながらちょっと怖い。
「君は見える?」
「……なんとか。薄くって見づらいけど、姉さんの魔力は見慣れてる。だから、この見慣れない紫色の魔力が多分あんたが注入した分だろう」
「ご名答。クリスちゃんの魔力の変化はわかるかい?」
「……ああ、いつもよりも色が濃い」
「それだけ?」
「あんたの、魔力を……とりこんで、混ざろうとしてる……絵の具が、滲むみたいに……」
「上出来。もういい、目を閉じて」
セルバさんが言うが早いか、ルーフェスは大きく息を吐いて、長椅子にぐったりと倒れこんでしまった。
「だ、大丈夫?」
思わず駆けよれば、ルーフェスは力なく頷いた。慌ててベッドサイドから水差しを運んで水をあげたけれど、随分と疲れてしまったみたい。
「しばらく休ませてあげて。魔力を詳細に検分するのは、慣れないととても疲れるんだ」
ルーフェスの額にはうっすらと汗が浮かんでいて、今や私よりもよほど体調が悪そうに見える。仕方なく水差しが置かれていたトレイを手にしてパタパタと風を送ってあげたら、「姉さん、せめて扇とか……ああ、今は持ってないのか」と脱力されてしまった。
「悪かったね、でも君には僕が簡単に説明するよりも自分の目で確かめて貰う方がいいと思ったから」
「いや、大丈夫。あんたの言う通り、自分で見た方が納得できる」
青い顔のままセルバさんに同意するルーフェスには、もうさっき程の険は感じられない。セルバさんもひとつ頷いてルーフェスの見立てを解説してくれた。
「つまりね、クリスちゃんの魔力の色が濃くなってるってのは魔力が強くなってるってこと。思ったよりも随分と早く効果が出始めてるよね」
「ええ!?」
思わず大声をあげてしまって、ルーフェスから無言で睨まれた。いけない、いけない。
「まあ、まだ微々たる増加だけどね。でも、僕も驚いたよ」
「はあ……」
「そして問題は僕の魔力を取り込んで混ざろうとしてるってとこだよ」