目覚めてみれば
目が覚めたら、とてもとても心配そうな女将さんの顔が見えた。
「クリス! 良かった、目が覚めたんだね!」
「あら? 私……?」
「倒れたんだよ! まだ寝てな、急に起きてふらついちゃいけないからね」
女将さんに押しとどめられて、私は身を起こすこともできずにベッドの上で記憶を反芻する。
ああ、そうだわ私、セルバさんに魔力を分けてもらっている途中だったのに。私ったら途中で意識を失ってしまったの?
記憶はあやふやだし、どれくらい意識を失っていたのかも分からなくて混乱する私の額に、女将さんがそっと手を当てる。そして、安心したように笑ってくれた。
「うん、だいぶ落ち着いてきたね」
「……?」
「さっきまでは体温が上がったり下がったりしてさ、そりゃもう心配だったんだから。真っ赤になって大量に汗かいたと思ったら急に真っ青になって体が氷みたいに冷たくなるしさ。こっちはもう、生きた心地がしなかったよ」
「ええ!?」
起きた感じは普通というか、そんな感じ全くしないんだけれど。でも、女将さんの顔を見れば本当に心配をかけてしまったんだという事だけは分かる。
何が起こったのか自分でも理解できていないけれど、忙しい時間だろうにすっかり迷惑をかけてしまった。
「ごめんなさい、女将さん。お手伝いに来たのに逆に迷惑をかけてしまって」
「バカな子だね! あんたが謝る必要なんかこれっぽっちもないってのに。文句ならさっきセルバにたっぷり言ったから安心おし」
「セルバさん?」
「ああ。どうやらセルバがやり過ぎたみたいでねえ」
私に水差しのお水を注いでくれた女将さんは、自分で言ったその言葉で何かを思い出したらしく、エプロンで手早く手を拭いてあたふたと部屋を出て行った。
まあ、この部屋。
懐かしいわ。私がこのテールズに住み込んでいた時に使っていた、私の部屋。
ベッドも調度品もそのままで、まるであの頃に戻ったみたい。
天井のむき出しの梁までもが懐かしくて、私はなんだか心がとても温かくなった。
「セルバ! セルバ、クリスが目を覚ましたよ!」
階下では、女将さんがセルバさんを呼ぶ、慌ただしい声。続いて、ドタバタと階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。
「クリスちゃん!」
いきなり扉を押し開き、転がるような勢いでセルバさんが入ってくる。
そして、そのすぐ後に入ってきたマークさんは、無言でセルバさんの頭に拳骨を落とした。
うわ、痛そう……。なんか今、ゴツッて鈍い音がしたけれど、セルバさん大丈夫かしら。
「クリスはついさっきまで意識がなかったんだぞ。周りで騒ぐなど言語道断。しかも女の部屋にノックもなしで入るのもマナー違反だ」
よっぽど痛かったのか、頭を押さえてうずくまるセルバさん。マークさんも容赦がない。
宮廷魔術師が冒険者にマナーを説かれている……と一瞬思ったけれど、そういえばマークさんは貴族出身だったものね。マナーも女性の扱いも慣れているんだろう。
妙なところで感心していた私に、拳骨の痛みから若干復活したらしいセルバさんが歩み寄ってくる。
「ごめんね、クリスちゃん。僕の……僕のせいで」