こんな筈じゃ
「お前は本当にデタラメだな」
「ありがとう、誉め言葉と受け止めておくよ。じゃあ、ほんの一、二分程で済むからさ、クリスちゃんをちょっと借りるね」
そう言って、セルバさんは颯爽と私の手をとる。
マークさんは「仕方ないな」と苦笑いしてあっさり力を抜き、私を解放してくれた。そのままさっさと日陰に入ったマークさんは、壁に寄りかかったまま器用に刻みたばこを吸い始めている。
なんというか、切り替えが早い。
思わず見つめていたら、マークさんと目が合った。
「一息入れるのにちょうどいい、やって貰え。セルバ、疲れさせるなよ」
「大丈夫、僕がちょっと疲れるくらいでクリスちゃんはノーダメージだから」
事も無げにそう言って、セルバさんは私を裏口の扉近くの階段にエスコートする。
「さっきからずっと体を動かしていただろう? 魔力を送っている間くらいは座っていたほうがいいよ」
店の裏口あたりに都合のいい椅子なんかあるわけもない。つまり、この階段に座って休むといい、と言ってくれているんだろう。
素直に座って魔力を受け取ろうと両手を差し出したら、なぜかセルバさんの顔がほころんだ。
「前から思ってたんだけど、クリスちゃんってかなり高位の貴族の割にホント庶民的っていうか……むしろ貴族らしいこだわりを感じないよね」
なぜにいきなりそう思ったのかわからないけれど、それはきっと前世の影響だろう。そもそも日本ではバイトもこなす女子高生だったわけで、バリバリの庶民だったんだから、私が庶民的である事に不思議もない。
そして申し訳ない事に今世もどうせ後々には庶民になるんだと思ってたから、貴族のマナーや教育は正直話半分で聞いていて、貴族らしさがイマイチ醸成されなかったのだろうと思う。後半部分は若干の後ろめたさも感じてしまうのだけれど。
「地べたに座るのもためらわないし、こうして手を取られるのも厭わない」
「あ……」
握りこまれた両手には、セルバさんから送られてくる魔力の仄かな暖かさを感じる。
不思議だわ、前回よりも魔力を感じやすくなっているみたい……?
「今の姿の時ならばそれでももちろんかまわないんだけど、本来の……貴族の姿でいる時は気を付けた方がいいよ。君の隙を狙っている人間など、いくらもいるんだからね?」
セルバさんの魔力がゆっくりと体の中を巡り始めた。前回は魔力の循環なんて感じ取れなかったのに、今回は手から腕へ、二の腕を通って胸へ、頭へ、脚へ……体の隅々まで行きわたるのが感じ取れる。
「聞いてる? クリスちゃん」
ええ……何か仰ってるのは分かるけれど……どうしてかしら、セルバさんの声が遠くに、近くに、揺れているように聞こえるの。
「ちょっ……あれ? クリスちゃん!?」
セルバさんの慌てた声。どうしたのかしら。
「大丈夫!? クリスちゃん、え? なんで!?」
「クリス、大丈夫か! セルバ、何があった!」
「わからない、こんな筈じゃ」
慌てふためいた二人の声が頭の奥に響いて来る。安心させてあげたいけれど、声がでないの……。
ごめんなさい。
意識を保っていられたのは、そこまでだった。