女将さんの反応
赤くなってしまっただろう私を見て楽しそうに笑うセルバさんを路地に残し、私は恥ずかしさを振り切るように裏口の扉をくぐる。
ああ、心臓に悪い!
「ああ戻ったね。それで、どうなんだい? 」
お店に入った途端、女将さんに心配そうに問いかけられた。
「どうって……」
「魔法なんて、危なくないのかい?」
眉をちょっぴり顰めて、こわごわといった風情の女将さん。
何事にも豪快な方なのに、こと幽霊とか魔法とか、物理とかけ離れたところにあるものがとてつもなく苦手らしい。だって、訳が分からないじゃないか、というのが女将さんの言い分だ。
「大丈夫ですよ」
「でもよっぽど適性がないと危ないっていうじゃないか。なんか爆発して魔法院に入れられた子供がいるって聞いた事あるよ。爆発したりしないだろうね」
その不安そうな様子を見て、ちょっと申し訳なくなってしまう。女将さんがこんなに怖がるなんて思っていなかったから……ごめんなさい、女将さん。
「爆発じゃなくて『暴発』ね。大丈夫だよ女将さん、クリスちゃんに暴発するほどの魔力はないから」
遅れて入ってきたセルバさんが女将さんを安心させてくれたけど……私の魔力ってそんなに低いんだろうか。
「暴発ってのはね、本当に稀な事なんだ。もともと莫大な魔力を持った子供が制御方法を学ばずにいると、増大する魔力が体の中で不安定に暴れ始めるんだよね。そんな莫大な魔力を持った子なんてのがそもそも富くじにあたるくらい珍しいんだから」
一息にそう言って、セルバさんがやんわりと微笑む。
女将さんは「あんた、そんなに喋れるんだねえ」と変なところに感心していた。
「専門の事なら口も滑らかになるさ。クリスちゃんが魔法を練習しても爆発したり暴発したりはしないから、安心して」
「専門の先生が言うならそうなんだろうねえ。難しい事は分からないけどさ、危なくないようにしてやっておくれよ?」
「もちろん」
言いながら、所定の位置にゆったりと腰を下ろすセルバさんは、既に分厚い本を開いている。目線でいつものコーヒーを所望しているのが分かって、私はすかさず給仕した。
他のお客様はまだ入る前だ、今のうちに女将さんにも事情を説明しておいた方がいいのかも知れない。
「女将さん、私、魔法を本格的に習うのはもう少ししてからにしたんです」
「おや、この前まで随分勢いこんでたじゃないか」
「はい……本当はすぐにでも習いたいって思ってたんですけど、護身術もまだうまくできないしアレコレやるより、ちゃんとひとつずつマスターした方がいいと思って」
そう言ったらなぜか目を見開かれ、次いで盛大に背中を思いっきり叩かれた。
「なんだ、ちゃんと分かってるんじゃないか!」