さらなる課題
そして最後に、基礎力の向上。
レオさんにはずばりと言われた。「やっぱり動きの切れが悪いし力がないよね」って。
いくら型が適切に使えても、相手の動きが読めたとしても、女の力で殿方を圧倒するのは至難の業だ。護身術だって、相手から逃げるためのきっかけを作るのが主な役目で、決して本気で戦えるなんて思うなと、マークさんにもしつこいくらい言われている。
はっきり言えば走って逃げ切るのだって難しいから、まずは声をあげる事、抑え込まれるのを振り払う事、そしてとにかく人がいる方向へ逃げる事。
そのために必要な型を、マークさんは今教えてくれているんだという。
ただ、今の私では力が弱すぎるしスピードもない。相手にすぐに見切られて躱されるか逆に抑え込まれることになるのがオチだと、レオさんにはあっさりそう言われてしまった。
「……そういう事なら、あまり落ち込まなくてもいいかもしれませんわね」
それまで黙って成り行きを見守っていたグレースリア様が、ポツリとそう仰った
「?」
「まあ、たかだか二度訓練を受けたくらいでそう簡単にできるものでもないでしょうし」
「それは、確かにそうなんですが……」
「たぶんですけれど、マークとおっしゃるその方も、実践ではあえて実力差を感じられるように対応してくださっているのだと思いますわ」
「あえて、ですか?」
「ええ、下手に出来ると勘違いしたら、本当に暴漢に襲われた時に応戦する気持ちになってしまうでしょう?」
「あ……」
確かに、そうかもしれない。
「なまじ応戦すれば余計に危険が増しますわ。少なくともそのマークという殿方が本気で応戦し、その上に逃げおおせるようでなくては役に立たないとお思いなのでしょう」
それは、そうとうレベルが高いのでは。
「それ程の実力がつくまでは、自身の足りなさの方を自覚させて危機意識を高めるほうが有効ですもの」
「……確かに」
「それなりに有能な方なのではなくて?」
初っ端から容赦がないと思っていたマークさんの実践での行動も、そう説明されると非常に納得がいく。
「ありがとうございます、グレースリア様」
「ふふ、どういたしまして」
笑顔のグレースリア様に、レオさんは「あんまりマークの株あげないでくれよ」なんて軽口を叩いている。冗談めかしたその様子はとてもフランクだけれども、迷っていた私に的確なアドバイスをくれたのは紛れもなくレオさんだ。
「レオさん、さっきいただいた助言、ほんとうに勉強になりました。私、今夜から早速特訓いたします」
喜びの気持ちを精一杯の笑顔にのせてストレートにお礼を言えば、レオさんは驚いたように目を見開いて、次いで僅かに頬を赤らめた。
いつも飄々としているのに、お礼を言うととたんに照れる方なのだ。
私には、彼のそんなところもとても好ましく感じられていた。