鍛えることは無駄じゃない
私のお願いに、二人はちょっと驚いた顔をした。
「正気か? 俺が教えられるなら主に剣技だが……クリスに剣技は難しいと思うぞ」
「剣技でなくてもいいんです、なにがしか身を守れる手段が欲しくて」
そう、お父様に相談したときは市井官には必要ないと暗に断られてしまった武芸を習いたいという気持ち。私はそれをあきらめ切れなかった。
学園を卒業するにはまだ一年半、週に一度としてもかなりの回数、私はこの下町へ来ることになる。護衛の方をつけていただけるのはわかっているけれど、やっぱり自分で僅かなりとも身を守れるという自信が欲しい。
「まあいい、鍛えることは無駄じゃない」
グラスを勢いよくあおって、マークさんが笑う。
「俺は武術関係、セルバは魔術関係と言ったな」
「はい、お時間がある時だけでもいいんです。なんなら基礎の型だけでも」
「セルバ、いけるか?」
「もちろん、まずは適性をみるところから始めるけどね」
「あ……ありがとうございますっ」
思わず勢いよく頭を下げた私に、セルバさんは薄く微笑んでくれた。
「貴族の令嬢が自分で身を守りたいなんて面白いからね。それに、この年から魔術を習おうなんてなかなかいないし、研究対象としても魅力的」
「研究対象」
「うん、通常高い魔術特性がある子供は早い段階で魔力の制御を習うもんだ。それに該当しなかった子が、成人に近くなってから魔術習うんでしょ? 貴重なサンプルだよ。……うん、面白い」
「……」
なんか、すごい無謀な事をしようとしてるんだろうか、私。
「フハッ」
思わず視線がさまよってしまった私の挙動不審な動きを見て、マークさんが噴き出す。
「言っておくが、武術も同じぐらい難しいぞ。護身術が主になると思うが、体力づくりと反射を鍛えるところから始めることになるからな」
「……は、はい」
「ダンスである程度体は動かしているだろうが、まったく別物だと思え」
「はい!」
「教えるからには容赦しない。さすがに傷はつかないように気を付けるが、ドレスに隠れる部分の痣くらいは覚悟しろ」
それくらいは覚悟の上だ。私は力強く頷いた。
「あの、報酬なんですが」
「報酬は親御さんから護衛費をたっぷり貰うから問題ない」
「教えていただくのは私が勝手にお願いしているので」
そう答えたら、マークさんは「まあ、そうだな」とバーグ酒をあおる。
結局話し合いの結果、鍛えていただいた日のテールズでの飲食代を代わりに支払うことになった。面倒がなくていいし、なにより私が働いて得たお金で支払えるのがありがたい。
本来その程度の代金で済むはずはないと思いながらも、私は二人のご厚意に甘えることにした。
ちなみにレオさんが終始隣で「ちえー」「俺もなんかしたい」とつぶやいていたのはご愛敬だ。