懐かしのテールズ
無条件に緩みそうになる涙腺を抑え抑え、昼食のラッシュが終わった頃に漸く私は女将さんのお店、宿屋兼食堂の『テールズ』に辿りついた。
「クリス!」
「女将さん!」
お店に入るなり駆け寄ってしっかりと抱き締めてくれた暖かい腕に、私はもう嬉しすぎて何も言えなくなってしまった。なんだか涙がとめどなく溢れてしまう。
「待ってたよ! よく来たねえ」
そう言って豪快に頭を撫でてくれて、私はさらに涙した。
「ルーフェスが知らせに来てくれてねえ、学年で一番取ったんだって? 頑張ったんだねえ」
「すっかり……遅くなってしまって……私、私、会いたかった……!」
「おやまあ、そういうのは惚れた男に言うもんだよ、ほら、クリスに会いたがってた男たちが来てるんだ、可愛い顔を見せておやり」
そう言われて顔を上げてみたら、お店の常連さん達が一斉に「お帰り!」「またキレイになったんじゃねえか!?」「クリスに乾杯!」と一斉に騒ぎ立ててくれる。
ガラは悪いけど、祝福してくれているのを肌で感じる、懐かしいあったかさがそこにはあった。
そして、いつもの定位置に居るのは冒険者のマークさんと宮廷魔道士のセルバさん……それに。
「まあ、レオさんまで。わざわざ来てくださったんですか?」
「だって学園じゃ自由に話せないじゃん。クリスちゃんもここではそのかたっ苦しい話し方やめなよ」
そう言われて、ハッと口を押さえる。
「ホント……そうね。ありがとう、レオさん」
一年のブランクですっかりレオさんへの言葉が丁寧になっていた自分に思わず笑えて、私は少しだけ微笑んだ。途端にレオさんの視線がウロウロと彷徨い始める。その挙動不審さが面白くって私はまた笑ってしまった。
うん、この感じ。とっても懐かしい。
「こらボウズ!お前はこの一年も会ってたんだろーが!」
「そうだそうだ!」
「俺達も話してーぞー」
「クリスちゃん、こっちにバーグ酒!」
「俺は奮発してランタスの串焼き3本とサラマンダーをロックで!」
何だか大騒ぎになってしまった。
「やれやれ、今日はクリスだってお客様なんだよ。悪いねえ、皆クリスが来るって言ったら浮かれちまってさあ」
「そんな!嬉しいです……私、お手伝いしてもいいですか?」
随分と顔を出せなかったのに、変わらずに暖かく迎えてくれる人たちがうれしくて、私はそう願い出た。これまでの流れで少なくとも私がただの町娘じゃない事くらい、皆分かっているだろうに自然に接してくれるのがただただ嬉しい。
「親御さんが良ければ大歓迎だよ」
その言葉に振り向けば、お母様もニコニコと頷いてくれる。
私は久しぶりに愛用の前掛けを身につけて、たくさんのテーブルの間をクルクルと動き回った。
あっちにバーグ酒、こっちにピール酒、こっちに唐揚げ、と配りまくって最後に辿り着いたのは、マークさん、セルバさん、レオさんの元護衛三人衆の席。
この三人にはひとかたならぬお世話になっている。女将さんについで、最も会いたくてお礼が言いたい人達だ。
私は女将さんにことわって、幾ばくかの時間をいただいた。