彼らの信じるもの
以前お父様、言っていたっけ。
『我々が公爵家の権力で事実を曲げたのだろうと邪推する者も居るだろう』『闇雲にあの娘を信じる者、表面上は従う者、自らの過ちに気付く者…様々だろう。お前も注意深く見てみる事だ』って。
今まさに、お父様が想定した場面が眼前で繰り広げられているわけか。
「なるほど、調書自体に疑いを持っているのか」
「影宰相なら出来るのでは?」
「だってリナリアが俺達を騙す筈がない!」
クレマン様の問いに返ってきた答えは、何とも薄っぺらいものだった。
「する意味がない。仮に本当にクリスティアーヌ嬢がリナリアを虐めていたとしても、あの家にはキズすらつかないだろう」
「そうですわね、公爵様が『複数の御令息を惑わせている女生徒に灸を据えたのだろう』と一言仰るだけで済むでしょうね」
ため息混じりのクレマン様の言に、グレースリア様の呆れたような声が被される。
「そうやって信じたい事だけを信じた結果がこれなのだ。こんな事態になってもまだそれに気付かないのか。邪推を重ねる暇があるなら、自分でも調べてみれば良いだろう。1日と経たずに同じ結果が得られる」
クレマン様は苦虫を噛み潰したかのような顔で続けた。
「僕は自分の手の者を使って調べたぞ。調書が信じられなかったからではない……自分が真っ先にすべき事を怠ったと恥じたからだ」
さっきから私に憎悪の目を向けていた二人は、悔しげに拳を握りしめている。
「あのさぁ、二人とも。今までの印象抜きにして、ちょっと冷静に考えてみなよ。クリスティアーヌ嬢、俺達を罵りすらしてないよ?別に庶民にも優しいし、俺達が勝手に色眼鏡で見てただけだって、そろそろ気付こうよ」
宮廷魔道士でもあるフェインさんが取り成すように会話に入ってきた。確かフェインさんは最初に殿下と『テールズ』に来たんだっけ。
フェインさんの取り成し虚しく、クレマン様はさらに厳しい顔になっている。
「……そういえばお前達、クリスティアーヌ嬢を不敬だと罵っていたね。言っておくが不敬なのはお前達の方だよ。自分達よりも格上の公爵家の令嬢に暴言を重ねているだけではない。陛下の名の下に纏められた調書すら疑う。しかも何の確証もなしにだ」
……確かにそれは私も驚いた。
本来口にするのも憚られるような疑いを、私やクレマン様、そして未来の王妃グレースリア様も居る場所で口にするなんて正気とも思えない。
「それぞれ親父殿から薫陶も受けた筈だが……残念だよ。もはや殿下のお側には置けぬ。帰りたまえ、陛下の言より一人の女を信じるお前達に相応しい道を、親父殿が探してくれるだろう」