マークさんの助言②
マークさんの言葉を、ゆっくりと反芻する。
確かに私、前世ですらそれをはっきりと考えた事はなかった。出来るだけいい大学に行こうってだけで、やりたい仕事なんかそれから考えればいいと思ってた。
この世界では、公爵家では皇太子妃になる未来以外選択肢がない雰囲気だったし、一方で私はいずれ庶民になって普通に毎日を平和に暮らす事しか考えてなかった。
マークさんがいうような目標なんて、今の私には何もない。
今度こそ逃げないで与えられた環境で精一杯頑張ろうと思っていたけど…マークさんが言ってくれているのは、きっともっと根本的な事で、自分の人生を意思を持って決めていくべきだって事なんだろう。
考えこんだ私を、お酒を呑みながら眺めていたマークさんは、少しだけ苦笑して、こう言った。
「……悪いな、クリス。お前を見てるとどうも昔の自分を見てるようで、つい…な。俺も元々は貴族なんだよ」
「えっ!!?」
驚きのカミングアウトに、つい声をあげ、慌てて口を両手で押さえる。今、元貴族って言ったよね?
「はは、似合わねぇだろ?でも事実だ。お前の両親からも、その縁があって指名で護衛任務の依頼が来たみたいだな」
「ど、どうして冒険者に…?」
「まあ詳細は家の事情もあるから言えねぇが、俺も真剣にこれからの人生について考えた事があるってことさ。故あって家は出たが別にケンカ別れしたわけじゃないからな、国も、家も、領民も…大事な事に変わりはねぇよ。俺は、それを守りたい」
冒険者になっても、マークさんの心には貴族の部分が色濃く残っているのだろう。飄々としていつも雰囲気が定まらなかったのは、そのせいかも知れない。
「俺はな、今、この立場でしか出来ねぇ守り方をしてるんだ」
腰の大剣を軽く叩きながら笑うマークさんは、とても充実した顔をしていた。
「クリス、目標さえあれば日々のどんな小さな出来事からも学びがあるし、自分の行動だって変わる筈だ。例えば『社交で夫を助ける』としたら、何が大事だ?」
「……人脈作り?」
私にとっては、ほぼ一からの難題だけど。
「それもあるな。ほら、学園でやるべき事が見えるだろう?他にも、どんな話題が好まれるとか、今の流行だとか、他の令嬢の仕草や振る舞い…学ぶべき物がいくらでもあると思わないか?」
「確かに…」
「そういうこった。じっくり考えてみろよ、多分無駄にはならねぇから」
私の頭をくしゃくしゃっとかき混ぜて、「あー、柄にもねぇ真面目な話しちまったな、年かぁ?」とボヤキながら、マークさんは去って行った。