先輩の心配
迷っているうちに「そうか…なるほど」という、謎の納得コメントを残してグレシオン様達は帰っていった。
…なんだったのかしら、一体。
「さ、すっかり時間を潰しちまった。バリバリ働いて取り戻すよ!」
女将さんの威勢のいい声に、ハッと我に返る。そうだ、ぼんやりしている暇なんかない。
「はい!……皆さん、私事でお騒がせしてしまって、申し訳ありませんでした!」
まずはお客様へ、次いで女将さんとマークさんにもお詫びと感謝の気持ちを告げて、仕事に戻る。
この場所で働ける時間はあと僅か。半年間何も言わずに支えてくれた女将さんやお店の人達、そしてお客様達…ありがたさを噛み締めながら、一生懸命に働いた。
「…で?結局クリスちゃん、またここで働くの?」
若干決まりが悪そうなレオさんに話しかけられたのは、夕食の時間帯も近づく頃合い。
またフード達がくるのが心配なのか、レオさんはいつもよりも長く店で時間を潰していた。逆にマークさんはレオさんが来たら「後は任せた」的に部屋に籠ってしまったけれど。
「いいえ、ここで働くのは明日まで。その後は邸に戻って一週間猛勉強した上でまた学園に通うつもりなんです」
「……それ、クリスちゃんの意思?」
「はい、私これまでずっと色んな事から逃げてきたから……周りの人、周りの事、ちゃんと逃げずに向きあって行きたいんです」
深くは語れないから抽象的な言い方になってしまうけど、それが今の本心だ。
「そっか、クリスちゃんが自分で選んだんなら、俺も応援するよ。学園で困った事あったら頼ってくれよ?俺一応先輩だしな!」
そういえば、レオさんそう言ってたっけ。上級生でしかも男性だからそう簡単に頼る事も出来ないとは思うけど、そう言って貰えるだけでも随分と安心できるものなんだな。
「……レオさん、ありがとうございます!」
嬉しくなって微笑めば、レオさんは一瞬ポカンとした顔をした。
「ははっ、ホントにクリスちゃん表情豊かになったよな」
「女将さんと皆さんのおかげです」
「だよなぁ、ここで働くクリスちゃん、ホント生き生きしてたもんな。それがもう見られなくなるのはちょっと残念だな」
そう言いつつも何故か満足げな笑顔を残して、レオさんは帰って行った。
そして、その夜の事。
自分の担当時間が終わりお客様に混じって食事をする私のテーブルに、静かに誰か近づいて来る。
あら?
割と今の時間空いてるけど、相席?
そう思って見上げたら、神妙な顔のマークさんが立っていた。