SS_あの子が笑った日②
コミック1巻の発売記念SS、これにて終了です。
ついに本日発売です!
大変、クリスティアーヌに何か楽し気に声をかけていた青年に、周囲の殿方たちが急に詰め寄って、なにか口々に攻め立てているようだわ。
いったいどうしたのかしら。
「あっ……」
ひとりの体格の良い殿方が、あの青年にとびかかった。それを合図にしたように、ほかの殿方たちも次々と雪崩のようにのしかかっていく。
まあ、まあ、まあ、まあ。
大変、乱闘さわぎだなんて、あの子、大丈夫かしら。ハラハラするけれど、護衛のガンズに押しとどめられてぐっとこらえる。
その時だった。
「……!」
驚きのあまり、大きな声が出そうになって、両手で口をしっかりとおさえる。
笑った……!
笑ったわ。クリスティアーヌが、こらえきれないように、声を立てて笑っている。
あの子が、あんなにも楽しそうに笑うだなんて。
あわや乱闘かと思いきやどんな流れで笑ったのかなんて、ここからではわからない。それでも。涙がでてとまらなかった。
あの子の笑顔を見るのが、こんなにも久しぶりだなんて。わたくしは今まで、本当に何をしていたのだろう。
嬉しいのに、打ちのめされたような気持ちで、わたくしはふらつきながらなんとか邸へと戻った。
「エリーゼ、どうしたのだ……!」
「あ、あなた……」
涙が止まらなくて、あれから泣きどおしだったわたくしを、旦那様は優しく抱きしめてくださるけれど、むしろ涙が余計にあふれ出してくる。
「クリスティアーヌの様子を見に行ったのではないのか、何があった!」
「あの子が」
「うむ」
「あの子が、笑って……」
「うん?」
「笑って、いたのです」
「クリスティアーヌが……?」
怪訝な顔をする旦那様に、一生懸命に頷いた。
毎日そばにいて、食事も共にしていたというのに、この頃ではあの子の笑顔すら見ることがなくなっていた。
意識して口角をあげている姿は見れど、心からの笑顔なんて、もうずいぶんと見ていない。
それが、見ず知らずの人たちの中で、あんなに、楽しそうに。
「わたくし、自分がふがいなくて……!」
「エリーゼ……」
「どうしましょう、あなた。クリスティアーヌは、あの方たちと暮らすほうが、幸せなのかしら。あんなに、楽しそうに。わたくし……あの子のために、どうすれば」
「そう卑下するものではない」
「だって、あなた……」
旦那様は、なぐさめるように強くわたくしの肩を抱いてくださるけれど、涙はとまってはくれなかった。
「あの子は、笑っていたのだな」
「ええ、まだ表情は豊かではなかったけれど、確かにとても可愛く笑ったのよ」
「そうか……」
しばらく黙って何かを考えこんでいるようだった旦那様は、やがてゆっくりと口を開いた。
「私は……今は、あの子の気持ちを尊重しようと思っている」
「どういう、意味ですの?」
「しばらくこのまま、様子をみようと言っているのだ。無気力だったクリスティアーヌが、自分で邸を飛び出した……あの子は今、変わろうとしているのかも知れぬ。邸に連れ戻すのはいつでもできる。だが、それではあの子は今よりももっと、心を閉ざしてしまうだろう」
「そんな……」
「これも、これまであの子にうまく向き合えなかった私たちにとっての試練なのだろう。いつでも手助けできるよう周囲は固めてある。あの子に助けが必要な時まで、今は見守ろうではないか」
旦那様の目は真剣で、わたくしはただ頷くしかなかった。
あの子がなにを嬉しく思うのか、何に笑って何に泣くのか。悲しいことにそれすら定かでないのですもの。
あの子が変わろうとしているのならば、わたくしも変わらなければ。
いつかあの子を抱きしめて、一緒に笑える日がくるように。




