暇(いとま)しよう
釘を刺すように言った私に、グレシオン様は真剣な顔で頷いてくれた。
思えば今日に至るまでグレシオン様とは儀礼的な話しかした事はなかったけれど、本来ならもっとこうして言葉を交わすべきだったんだろう。そうすれば、今回の事もちょっとはマシな結果になっていたのかも知れない。
ただ、今となっては私に言えることは唯一つ。既に婚約者でもない私と一緒にいる時間は短かければ短いほどいいのだから。
「本日は遠い所まで足をお運びいただき、ありがとうございました。2年後を楽しみにしておりますわ」
そして思い出したように言葉を足す。
「そういえば、ご婚約が整われたと父より聞いておりますの。どうか、お幸せに」
グレシオン様は、凄く複雑そうな顔をして、僅かに自嘲めいた微笑を浮かべた。嫌味のつもりではなかったんだけど、そう聞こえてしまっただろうか。
「ああ…そうだな。今度は、けして君にしたようなバカな真似はしないよ。またヤツに叱られてしまうからな」
「……ヤツ?」
「ああ。新しい婚約が整った後に、学園で同級のヤツに苦言を貰ってね」
珍しく『婚約者がいるのに他の女に現を抜かすなんて愚か者のする事だ』と、直でグレシオン様に言った猛者がいたらしい。
「何があったか知らないが、平気で男を侍らせるリナリア嬢より絶対にクリスティアーヌ嬢の方がいい娘だ!って力説されたよ」
ちょっとだけ探るような目をされたけど、そんな事言ってくれそうな程交流を持った人なんて、学園にいる筈もない。ただ、そういう率直な苦言をしてくれる人がグレシオン様の同級にいるのは、少し安心出来るんじゃないだろうか。
「いいご友人なんですね」
「それまでさして交流もなかったんだけどね。だが苦言をくれる人材は貴重だ。大切にしようと思っているよ」
そう言って少しだけ笑みを見せたグレシオン様は、漸く立ち上がりフードをかぶった。
「時間を取らせてしまったな、我々はこれで暇しよう。…フェデル」
「ハッ」
阿吽の呼吸で応じた割に、なんだか不思議な間をおいた後、ゴツいフードのフェデルさんは女将さんになんとも微妙な顔を向ける。
「女将、先ほどは乱暴な物言いが過ぎた。…悪かったな」
ちょっぴり目を丸くした後、女将さんは「気にしちゃいないよ、荒くれの客も多いんだからさ!」と豪快に笑った。
「それと一緒にされると…」と呟くフェデルさんをよそに、女将さんは既にグレシオン様を見据えていた。
「あたしはいいのさ、慣れてるからね。それよりボウヤ、一つだけ言わせて貰うよ」