アンタに何ができるのよ
「……なによ」
リナリアさんが、低く呟く。
「ふざけんじゃないわよ!」
リナリアさんの右手を大きく振りあげられて、殴られる! と覚悟した。
ぎゅっと目をつぶってその瞬間を待つけれど、なかなかその瞬間はやってこない。
おっかなびっくり目を開けると、レオさんがリナリアさんの腕をしっかりと抑えていた。
でも、リナリアさんの目は、ギラギラと異様な光を放ったまま、私を睨みつけている。
正直言って怖い。でも、ここで逃げてはいけないと、本能的に悟った。
ごくりと唾をのみ込んで、私はあえて、彼女の目をしっかりと見つめる。そう、私はもう逃げたくないから。
「……貴女が悪意を持って町の人達の生活を脅かすなら、容赦しませんから」
「アンタに何ができるのよ」
「これでも公爵令嬢ですから、覚悟さえ決めれば大抵のことはなんでも。貴女が嫌いで、でも手に入れたくて仕方ない……『権力』を使う事も厭いませんわ」
ギリ、と彼女の口元から歯を噛みしめる音がする。
「ふざけんじゃないわよ、死んだ人間みたいだったくせに、なんでよ……!」
リナリアさんの足元に、ポツ、ポツと涙の雫が落ちた。その雫はなぜか、どうしていいか分からなくて邸を飛び出してしまった自分と重なる気がして、自然、言葉が漏れていく。
「確かに、貴女が学園にいた頃の私は死んでいるも同然でした。家族も周囲の人も、誰一人信じられなくて……どうせいつか皆、私を捨てるんだと思い込んでいましたから」
「なにバカなこと言ってんのよ。そんなことあるわけないでしょ、公爵令嬢のくせに。頭おかしいんじゃないの?」
「そうですね、でも本気でそう思っていたのです。だから殿下やガルア様たちに囲まれて糾弾された時は、『やっぱり』と思いました。何もかも信じられなくて、あの夜、邸を逃げ出してひとり下町を彷徨ったのです」
「……バカなこと、したわね」
「はい、自分でも訳が分からなくなっていて。その時、私を助けて住み込みで働かせてくれたのが、あの女将さんでした。ガルア様はご存知でしょう?」
急に名前が出て驚いたのか、ガルア様がビクリとしたあと、しぶしぶと頷く。
「人間不信で、笑うことも話すことも碌にできない私に、毎日話しかけて、仕事を教えて、半年かけてまた笑えるようにしてくれたのは、下町のたくさんの優しい人たちでした」
「……」
もう、リナリアさんは返事もしてくれない。
でも、私も自分の言葉を止めることができなくなっていた。私の中にも溢れる思いがあったんだろう。




