その前にひとつだけ教えてくれないか?
リナリアさんに詰め寄られて、レオさんは逡巡する。
「しかし……」
「私を邪魔しに来たわけじゃないってアンタ、さっき言ったわよね」
レオさんが迷っているからか、今度は私に矛先が向く。
でも、彼女の言う通り、私たちには今、彼女を阻むだけの強い材料なんかない。
確かに彼女には学園を混乱に陥れ、殿下を含む数多の男子生徒を誑かした咎がある。公爵家の娘である私を陥れたことも罪のひとつに数えられるだろう。
でもそれは内々に処理され、公に罪となったわけでもない。
最果ての村まで強制的に移送され、王都から遠ざけられはしたものの、表向きには単にガルア様が彼女を攫って逃げただけの扱いだ。
この宝石の件だって、彼女の言を信じるならば、王都から流れた宝石を買い付けただけで、組織だった動きでもなければ、今後も継続的に続く動きでもない。
その事実だけを見れば、彼女たちを拘束するのもおかしな話だし、彼女たちが自らのお金で買い付けた宝石を没収するのも横暴というものだ。
ただ、最果ての村から出る術を断たれていた筈の彼女たちがどうやって村を出たのかはとても気になるし、宝石類を多量に保持していることからも、また権力あるものにすり寄り、ことを起こす可能性がないとは言えない。
一刻も早く、お父様に報告しておかねばならない案件に思えた。
「もう! なんなのよ、早く宝石を返してって言ってるじゃない!」
またもキレそうなリナリアさんの様子に、私も決意を固めた。
現時点では彼女たちを捕縛することまでできるわけでもない。宝石を返すしかないだろうと思う。
「レオさん、返してあげてください」
「……ああ、すまないが、その前にひとつだけ教えてくれないか?」
宝石を返す、と私が言った途端、勝ち誇った笑みを浮かべたリナリアさんに、レオさんは生真面目な顔で質問する。
「なによ」
「君たちがこの宝石を買ったのは、ゴヨークという商人かい?」
「名前なんか知らないわ」
「こめかみに大きな傷がある、初老の小柄な男だよ」
思い当たったのか、ガルア様が一瞬驚いた顔をして、密かにリナリアさんに足を踏まれていた。
ガルア様も大概、思っていることが顔に出やすいかたなのね。
「やっぱりそうか。ありがとう」
言いながら、レオさんは今度はあっさりと宝石を投げて返す。
ガルア様がしっかりと宝石の袋を確保して、剣を収めたのを確認したレオさんは、僅かに迷ってから、こう言った。
「拠点を移すなら今後接点はないのかも知れないが、ゴヨークとの取引は控えた方がいい」
「そうですね。確かに、あまり筋がよくないと私も噂を聞いたことがあります」
レオさんの忠告に、コーティ様も同意する。
もしかするとふたりはすでに、王都とクーレイの間で行われている鉱石類の取引について、私が知っているよりもずっと多くのことを掴んでいるのかもしれない。
でも、それを聞いたリナリアさんは、逆に不愉快そうに眦を吊り上げた。
 




