グレシオン様の決意
「リナリア嬢が学園を去ってから、さらにその思いは増したよ」
急に出てきたリナリア嬢の話題に驚いたけれど、すぐに納得した。彼女がいなくなって初めて、周囲の冷たい目に気付いたのだとグレシオン様が語ったからだ。
婚約者達を蔑ろにして一人の女性を囲み、賛美し、貢いでいた自分達に注がれているのが、呆れと軽蔑、もしくは好奇の目である事。
突如学園に来なくなった、殿下の婚約者である私について、憶測まみれの噂が流れている事。
これは本当に様々で、不治の病説から婚約者を横取りされショックで寝込んだ説、自殺説、陰謀説と諸々あって、グレシオン様の婚約者が決定した今は、内々で婚約破棄を告げられてショックで引きこもった説が大勢を占めているらしい。
グレシオン様的に私への情けとして、密室でこじんまりと行われた断罪と婚約破棄は、事情が周囲に分からないだけに、憶測と不信を呼んだのだ。
「私が愚かだったのだ。私の視野も考え方もいつの間にか随分と偏っていたようだ。善かれと思って下した決断が、違う結果を招いてばかりだ。…その上君への断罪に至っては、確証さえとっていなかった上に、冤罪だったとは…」
そう言って青白くなる程きつく結んだ唇は、細かく震えていた。
「将来自らの裁定で他人の生死までもが変わってしまうだろう事に恐怖するよ。きっと今回の君のように、例え冤罪でも様々な理由で声高に異を唱えない者もいるだろう。…私はもう二度と、誤った断罪をしたくない」
邸を逃げ出したあの日、私が自分に失望し途方に暮れたように、グレシオン様もまた、自分の至らなさを強く感じているのだろう。こうして過ちを正そうとしているグレシオン様からは、自分の未熟さを受け止めて、何とか変わりたいという決意が感じられた。
グレシオン様はたった一人のお世継ぎ。他に代わりはいないし、将来かかるであろう責任も決の重さも、他と比べるべくもない。
「…今回の件を受けて、私は今後父を始め先輩諸氏から直に教えを受ける事になった。身分年齢を問わず、様々な立場・考え方に直に触れる時間も設けよう。今の私は未熟で愚かだが、絶対に変わってみせる」
しっかりと顔をあげ、私を真正面から見据えた目には、決意が漲っていた。
「…今日は、一番の被害者である君に謝罪と、その宣誓に来たのだ。今は信じられなくとも、これからの私を見て…いつかこの話を思い出してくれないだろうか」