なんにも欲しくないくせに
「なんにも欲しくないくせに!」
もう他の誰も目に入らないようすで、私をまっすぐに睨んでくる。
彼女を守るガルアさんも、私の前にいるレオさんとコーティ様も飛び越えて、私と彼女だけが視線を交わしている……そんな錯覚に陥りそう。
彼女はギリギリと歯ぎしりをして、言い放つ。
「お姫様みたいに育てられて! 王子様の婚約者で! 美人で、スタイルも良くて、教育だって、躾だって浴びる程受けたくせに! 素敵なドレスも宝石も、誰もが焦がれるように欲しい物を、当然みたいに与えられてきたくせに!」
迫力に押されて、言葉が出なかった。
「なんの苦労もしてないくせに……なんでも持ってる」
息を呑む私を見据えていたリナリアさんは、少しだけ悲し気に眉根を寄せる。
「なのにさ、アンタときたら、そんなの要らない、興味ないって顔して、お高く留まっちゃってさ。ムカつくのよ……要らないなら、アタシにくれたっていいじゃない」
「リナリア、さん……」
「気安く呼ばないで。アタシはね、アンタと違って努力したのよ‼」
息を繋ぐようにやっと発した言葉は、リナリアさんに両断される。いったん落ち着いたかに見えた怒りの焔は、彼女の中でまだまだ盛んに燃えているらしい。
「男たちに必死に取り入って、あいつらが言って欲しい言葉だって探したし、男に受ける仕草も表情も研究した。貴族の男たちに話題を合わせるために勉強だってしたし、最低限のマナーだって身に着けた。料理も、裁縫も、果ては魔術や馬術まで学んだのよ……!」
リナリアさんの目に涙が見る間に盛り上がっていく。
「アタシは、男どもにちやほやされるだけの、努力をしたもの!」
ボロボロと大粒の涙を溢しながら、彼女は私を真っ直ぐに見て叫ぶ。きつく握りしめて白くなっている拳が、彼女の激情を現わしていた。
「アンタなんか、全部、全部、失くしちゃえばいいんだ!」
彼女がひと際大きく叫んだその時、私は突然理解した。
ああ、だからリナリアさんは他の誰でもなく、私を標的にしたんだ。
「ごめんなさい」
「なんで謝るのよ」
「あの頃の私は、貴女の……言う通りだったから」
そう私が口にした途端、カッと真っ赤になると、リナリアさんは持っていたポシェットを力いっぱい私に投げつけた。
「っ……」
すんでのところでレオさんが弾き落としてくれたけれど、落ちたポシェットの中からは宝石がいくつも転がり出る。弾き落とした手はかなり痛かったんじゃないかしら。
「そういうのが一番、ムカつくのよ! バカにすんなっ」
私に掴みかかろうとでもしたのか、ガルア様の後ろを飛び出して、リナリアさんがこちらに走り寄ってくる。コーティ様の鞭がその足元を打った。




