揺れないってスゴイ
「うわっ」
「揺れが来ましたね、ここからはずっとこんな感じですよ」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って」
馬車の中で面白いように跳ねるルーフェスと私。テーブルにある手すりを持ちたいけれど、その手すりにすら手が届かない。
「な、なんでっ……アンタ、そんな……っ」
「下手に話すと舌を噛みますよ」
涼しい声でルーフェスを注意してるけれど、どうしてコーティ様はそんなに平気な顔で座っていられるのでしょう……?
疑問しかない私たちを、可哀想な子を見るような目で見ていたコーティ様は、ちいさくため息をついた。
「クリスティアーヌ嬢は仕方がないとして、ルーフェスくんは剣士でもある筈ですよね」
「そう、だけどっ」
「体幹が弱いんじゃないですか? 少し鍛え直したほうが良いですよ」
なんと、モノクルを押し上げる余裕まであるなんて。
馬車の外の景色は、猛烈な勢いで後ろへと流れていく。馬さんだって大変だろうと思うくらいの速さで走っているのに。その分馬車だってがったがたに揺れているのに。
コーティ様は微動するだけで、普通に書類に目を通して、あまつさえ何か書き込んだりもしている。
休憩地点に着いた頃には、私とルーフェスは水場のそばで二人、ぐったりと座り込むくらいに疲弊していた。もう、馬車を見たくない。
「ああ、揺れないってスゴイ」
「そんなことありがたがってる場合じゃないよ……」
ルーフェスの切り返しにも切れがない。やっぱり相当この道程がきつかったみたい。
「僕、帰ったら絶対に体幹鍛える」
「コーティ様、びっくりするくらい揺れていなかったものね。あれってでも、本当に体幹がものをいうのかしら」
「知らないけど、ああ言われたら悔しいじゃないか」
唇を尖らせてそんなことをいうルーフェスは、ちょっと可愛かった。
「ところで姉さん、レオさんってさ、どれくらい前に王都を出たんだっけ」
「ちょうど一週間ほど前の筈ですけれど」
「そっか……まずいね。急がないと、僕たちが到着するころにはクーレイでの交渉を終えてしまうかもしれない。入れ違いになったら目も当てられないよ」
「クーレイまで、一週間ってコーティ様は仰っていたわよね」
「はい、そうです。ただ貴方がた次第ではありますが」
いきなりのコーティ様の声に、二人してびくっとする。いつの間に後ろにいらしたのかしら。
「日中はこんな感じで飛ばしますし、夜間も移動の予定ですから、初めての人には正直厳しい日程です。実際、すでに体がきついでしょう?」
苦笑するコーティ様の目の奥には、心配そうな色があった。
「起きている間はまだしも、慣れないと眠るのが難しいかも知れませんね」
……それは、確かに厳しいかも。すでに体がギシギシいうんですもの。




