この声は…
「持論の問題ではありません!」
「…だから、分かっているよ。それでも私には今日しかチャンスがないんだ。彼女が邸や学園に戻ってからでは身動きが取れない」
「それは理解しております。ただ、私は貴方が心配なのです。侮られないよう、どうか毅然とした態度をとって下さい」
はぁ…と、グレシオン様が溜息をつく。
「本当に申し訳なく思っているのに、彼女に謝る事すら難しいものだな。…身分というのは時に厄介だ」
ああ…何の用かと思ったら、殿下、私に謝りに来てくれたのか…。
そして、その時唐突に理解した。
確かに、学園で私に謝るなんて無理だ。半年も休学した私が復学した途端に殿下から謝罪を受けたなんて、格好の噂の的だ。新たな婚約者の手前、こっそり会っての謝罪も無理だろう。リスクが大き過ぎる。
邸や王宮も同様だ。これまで特段行き来もなかったのに、そんな目立つ動きは出来る筈もない。
正式に動く事が出来ないから、今この時に、忍んで来てくれたんだ…私に、謝罪をするために。
そう考えると、さっきの流れも少しは理解できる。人前で頭を下げられないから、人払いした部屋を希望したんだろう、きっと。
殿下側の事情で、一番問題が少ない手段を選んだんだろうけど…。
その時、妙に落ち着いたバリトンが響いた。
「いいじゃねぇか、せっかくその坊ちゃんがハラ決めて来たんだろう。好きにさせてやりゃあいい。うだうだとうざってぇヤツだな」
この声は…やっぱりマークさん。
こんな時間にいるなんて珍しい。クエストに行かなくて良かったんだろうか。
「ぼ、坊ちゃん…私の事か?」
マークさん、若干グレシオン様がショック受けてますけど…。
「事はそう簡単ではないのだ」
「そうだな、弱腰と見りゃ外交でも政争でもカモだからな。だがな、ここにゃ他国のヤツも政敵も居やしねぇんだ。ここで頭一つ下げたところであんたの大切な坊ちゃんの株も下がらねぇし、情勢なんか変わりゃしねぇよ」
そう言いながらダルそうに立ち上がったマークさん。
「女将、聞いただろ?謝りたいんだとさ。確かにここじゃあなんだ、部屋はあるか?」
「ああ、最初からそう言やぁ面倒もないのに全く」
「部屋を移そう。坊ちゃん達三人と、クリス、女将、俺でまぁ人数も丁度いいだろ。悪りぃな、おっさん達。代表で俺と女将さんが立ち会うから勘弁な」
凄いなマークさん、有無を言わさず話進めてるし。