馬車は荒っぽく揺れます
「二人とも学生ですからね。ひと月の夏季休暇の間にクーレイまで行って、調査して、帰ってくると考えればそれなりにタイトなスケジュールになるのは仕方ありません」
ルーフェスが私の耳元で「柔和な顔して結構スパルタ?」と囁くけれど、答えられるわけがない。
案の定、にっこり笑んだコーティ様に「聞こえていますよ。狭い馬車の中ですしね」とくぎを刺されて、ルーフェスは首をすくめている。
「そんなわけで王都からもう少し離れたら、思いっきり飛ばしますからね、馬車はもちろん荒っぽく揺れますので、舌を噛まないように気を付けてください」
「マジか」
「ご安心を。クッションは良い物を使っていますよ」
「……信用ならないんだけど。クッションごときでなんとかなるかどうか」
徐々に荒くなっていくルーフェスの言葉を気にする素振りも見せず、コーティ様はいたずら気にウインクする。
「ふふ、そこは体感してみないと何とも。ああ、ちょうどテインの丘を越えますね。そろそろ走り出しますよ、テーブルの手すりを握っておいた方がいいかもしれません。揺れますから」
「ああ、そのためなのか、この変な馬車のつくり」
ルーフェスが納得したようにつぶやいた。
たしかにこの馬車はかなり変わっていて、向かい合わせの座席の真ん中には、小ぶりなテーブルが作りつけで設えられていた。
しかも、四方にちょっとしたへりと手すり付きだし、テーブルの横には飲み物をホールドするものまでついている。こんな馬車は初めて見た。
「これはミスト室長の要望でできた特注の馬車なのですよ。私たちも忙しいのでね、実はこの程度の強行軍は日常茶飯事なのです。テーブルがあるので書類仕事もできますし、僅かですがへりがあるので、揺れる馬車の中でも、意外とテーブルからものが落下するのを抑えられるのですよ」
自慢の馬車なのか得意げに話すコーティ様を、ルーフェスはドン引きの眼差しで見ている。
「ただでさえ酔いそうなのに、書類仕事……」
「移動時間ほど無駄な時間はありませんからね、少しでも仕事を進めておきませんと」
当然、とでも言いたげな口調ではっきりとそう告げたコーティ様は、ご自身の手荷物をあけて、大量の書類を取り出した。
「うわ、え? 本気で?」
「草案作りくらいは普通にできるでしょう? 公爵は馬車の中では仕事はしない主義ですか?」
「書類に目を通すくらいで、窓から風景を見ていることが多いけど」
「ああ、公爵は視察が主な目的ですからね。民の様子や街道の様子を把握しておくことも重要ではありますね。単に酔うのかもしれませんが」
コーティ様がそう言った瞬間、ガタン、と大きく馬車が揺れた。それを合図にしたように、馬車が猛烈な勢いで跳ね始めた。




