先が思いやられる
「ところで、この子は君の弟君だよね? ミスト室長から聞いてはいたのだけれど」
「はい。ルーフェス、お世話になるのですから、ご挨拶を」
途端ににっこりと笑って、ルーフェスは流暢に自己紹介を始める。
ひととおり一般的な自己紹介を済ませたあと、ルーフェスは器用に体から黒いオーラを放って、コーティ様を牽制した。
「いやぁ、驚きました。無理を言ってついてきて良かったですよ、まさか一緒に行くのがコーティ様おひとりとは。姉はまだ嫁入り前なので、あらぬ噂が立つと厄介ですから」
「ルーフェスったら!」
どうしていきなりケンカ腰なの! こんなことでは先が思いやられてしまう……と心配になる私を他所に、コーティ様は楽しそうに口角を上げた。
「君の周りには分かりやすいナイトが多いですね。私は随分と警戒されているらしい」
「本当にすみません! 私はそんなこと微塵も思っていませんから!」
「それもそれで困りますが……弟君とここで顔を合わせられたのは僥倖ですよ」
「そう、ですか……」
コーティ様の言葉の意味はいまひとつよく分からないけれど、とりあえずルーフェスの態度に怒っているわけではなさそうで安心する。
心配がひとつ減って、私の心には新たな心配がもくもくと湧き上がって来た。
本当に、一緒に行ってくださるのが、コーティ様だとは思っていなかったんだもの。ルーフェスがついてきてくれて良かったかもしれない。
なんせレオさんは、コーティ様の名前を私が頻繁に出すことさえ悔しがっていたんですもの。
コーティ様と二人で馬車旅してきたなんてことになったら、余計な心配をさせてしまうところだった。
わざわざ遠征先まで訪ねて行って、それだけは避けたい。
「ところで、ルーフェス君も今回は調査に参加していただけると思ってよろしいですか?」
「もちろん、視察も兼ねてはいますが、同行させていただく以上、見合うだけの働きはさせていただくつもりです」
ひとり胸を撫でおろす私の傍で、ルーフェスとコーティ様の冷戦は続く。
……旅路はまだまだ長いのに、先が思いやられるのですけれど。
「ところで、目的地のクーレイまでは、片道十日ほどの筈ですよね」
「おや、少しは予習してきてくれたようですね。そう、ですが今回は出来る限り飛ばして、夜間も馬を替えて歩かせる、かなり強行軍で予定を組んであります。一週間もあれば着くでしょう」
「ひえっ」
ルーフェスの喉から変な声が漏れる。時にお父様の視察に同行するルーフェスがこんな声を上げるんですもの、相当にきつい旅程なのだろう。




