その時、殿下は
「この宿の皆で可愛がって、やっとここまで元気になったんだよ…ねぇ?」
女将さんが店内に目を向けると、お店の人達はもちろん、馴染みのお客様達が一斉に強く頷いた。
女将さんやお店の人達はともかく、お客様にまで心配されていたとは…ちょっとした事でも声かけてくれてたのって、そういう事だったのか…!
今さら知る事実に有難いやら申し訳ないやら…既に臨戦態勢、鼻息荒く腕まくりで事の成り行きを見ているおじさま達に、深く頭を下げる。
「半年も放っといた癖に、今さら何を言おうってんだい?この娘にまたあんな顔させたら、どんなに偉い人だって許せないよ」
「女将、いい加減にそのうるさい口を閉じろ。本来お前ごときがそんな口をきいていいお方ではないのだ!」
さっき怒鳴ったゴツいフードさんが、怒りを溜めた目でギリギリと威圧してくる。
女将さんを容赦無く睨みつけてくる男に一矢報いてやりたいけれど、こんな男と同じ土俵に上がったら、せっかくかばってくれた女将さんに申し訳ない気がして、ぐっと我慢した。
そう、女将さんはじめ、今まで見守ってくれていた気のいい下町の人達が不利益を被らないように、まずは穏やかにこの話を着地させなければ。
私は、ゆっくり息を吸って声が震えない様に意識する。グレシオン様は、少なくともゴツいフードさんよりは話が通じる筈だから。
名前を出すわけにはいかないから、目線をしっかり合わせて問いかけた。
「…身分を笠に着た言動など、あなたの本意ではない筈ですよね?」
私の問いかけに、半ば放心したような顔で突っ立っていたグレシオン様の背が、一瞬でシャンと伸びた。
「…もちろんだ。私は、また間違いをおかしていたんだな」
少しだけ俯いたグレシオン様は、拳を固く握りしめている。やがて顔を上げた時には、なんだか決意したような目をしていた。
「…私達の浅慮による言動で、不快な思いをさせてしまった。申し訳ない…!」
今度は私が呆然とする番だ。
女将さんやお客様達に目を合わせながら謝罪の言を述べ、きっちりと頭を下げたグレシオン様。
居丈高にも聞こえるけれど、私はグレシオン様が誰かに謝るなんてこれまで見た事もなかったから、正直言葉が出ないくらい驚いた。
それはお付きの二人も同じだったようで、変な沈黙がその場を支配する。そして、先に我に帰ったのはやっぱりゴツいフードさんだった。
「な、何を…!簡単に頭など下げるものではありません!」
「フェデル、いつもの君の持論は分かっている。その上での行動なんだ。今は黙っていてくれないか」