勇気を出して、断ろう。
「君をスカウトしようと思ったのだよ。せっかく公爵の御令嬢が文官になろうというのだから、市井官などという日陰の仕事ではなく、国政に携わるほうが、能力を発揮できるとは思わないかね?」
「まあ、そうですの。ですが私は」
「なに、心配することはない。最初は分からないことが多くとも、我々がサポートしよう。困ったことがあれば御父上も力を借してくれるだろうしね」
私の言葉を遮るように畳みかけてくる男性の態度に、押し切られそうな気配を感じた私は、あえてはっきりとお断りすることにした。
こういうタイプのかたは、中途半端なお返事をすると、のちのち面倒なことになることもある。
テールズで声をかけてくれるお客様にも、できないことははっきりお断りするよう、女将さんにも口を酸っぱくして言われていたもの。
勇気を出して、しっかりと断ろう。
「申し訳ありません、私は文官ではなく、市井官という仕事に魅力を感じているのです」
私の言葉を聞いた狐目の男性は、鼻白んだ様子を隠さない。
「それは単に『憧れ』だろう。他の仕事を見てもみないで決めつけるのはどうかと思うがね。そうだ、こうしようではないか。我々の仕事も見学してみてはどうかね、今からでも構わないが」
詰め寄られて、私は思わず後ずさった。このかた、ものすごく圧が強い。
「いえ、本当に私、市井官としてやりたいことがあるのです。それに、市井官の仕事を見学するだけでも父は不承不承許してくれた状況なのです。これ以上は、見学させてくださるかたにもご迷惑になりますから」
「おや。なんだ、新制度を確立するために、公爵の肝いりで文官を目指しているのかと思えば、どうやら違うようだ。これは失礼した」
途端にまた柔和に目を細め、男性は私から距離をとった。
「そうかそうか、それでは無理はいうまい」
男性がにこりと口角を上げて引き下がってくれて、ようやく私は浅く息をつく。
「かわりといってはなんだが、ひとつ頼みたいことがあるのだが」
男性の目がますます細くなり、柔和に思えていた笑顔がなんだか怖く思えてくる。
どうしてかは分からないけれど、嫌な汗がジワリと浮き出たのを感じていた。
「クリスティアーヌ嬢!」
突然、コーティ様の声が響く。
振り返ったら、焦った様子のコーティ様が、こちらに駆け寄ってくるところだった。自然、ほっと息が漏れた。
良かった、来てくれて。
「おや、残念。時間切れだ」
チッと舌打ちして、男性はくるりと踵を返す。
「では、また会おう」
ひとことそう告げて、男性はあっという間に姿を消す。結局あのかた、誰だったのかしら。
名も告げず、結果的に彼の所属すら分かっていない。