私を絶望させたのは
公爵家の長女として生まれ、優しい両親、可愛い弟、親切な使用人に囲まれて、私は大切に大切に育てられていた。少々我儘なところもあったけれど、将来は王子様と結婚するんだと夢見るような、無邪気な子供だった…あの時までは。
あの日思い出した、あの光景。
こんな楽しい日々は10年と続かない。乙女ゲームの悪役令嬢である私は…そう遠くない将来、皇太子殿下が思いを寄せる少女を苛め倒した咎で断罪され、婚約破棄されるのだ。
攻略対象者全員に囲まれ、罵られる姿は、これが未来の自分かと思うと恐ろしかったけれど、正直皇太子殿下への未練はさほどなかった。
まだ出会ったばかりで婚約も交わされたばかり。当然そこまで仲良くもなかったし、今この未来を知った以上、彼に夢中になるとは考えられない。
私が耐えられなかったのは、むしろ学園を後にしてからの光景だった。
断罪され、婚約破棄され、ボロボロの精神状態で帰った私を待っていたのは、邸中の冷たい視線。
お父様に怒鳴られ、お母様にヒステリックに泣かれ、身分を剥奪されて邸を追い出されたあの光景…今でも、夢に見る。
朝まで笑顔だったのに。
優しい言葉をかけてくれたのに。
婚約破棄された私とは使用人すら目を合わせてくれない。その変わり身の早さに、愕然とした。
私を大切にしてくれていたのは愛じゃなく…王室へ入れる駒として、単に優遇されていたんだろう。
7歳には辛過ぎる事実に、泣いて泣いて…暫くは抜け殻のようになっていたらしい。気がついたらお母様の目の下には色濃い隈が出来ていた。
数日ぶりに正気を取り戻した私を見て、涙を流して喜ぶお母様。
そっか…心配したよね。
…王室へ入れる駒がおかしくなったら、困っちゃうものね。
急におかしくなってひとしきり笑い…私は全てを諦めた。
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7歳のあの日、私を絶望させた光景が、これから繰り広げられる。目の前には慣れ親しんだ我が邸の重厚な扉。その前で、私は大きく深呼吸を繰り返す。
大丈夫。
何回も夢で見たもの。
覚悟なんかとっくに出来てる。追い出された後の事だって、何度もシミュレーションしてきたじゃない。落ち着いて、ちゃんと受け入れよう。悲しいけれど…これが終われば、私は自由になるんだから。
自分に言い聞かせながら、扉を開ける。
中には、沈痛な面持ちのお父様と、既に泣き腫らした瞳のお母様がいた。