もったいない
「ああ、もう話は終わるよ。クリスティアーヌ嬢が、母君まで巻き込んで民生官の調査を手伝ってきたというものだからねえ、つい聞き入っていたのだよ」
「民生官の調査を? 私も少し話をうかがってもよろしいですか?」
「おや、興味があるのかね」
「ええ。クリスティアーヌ嬢、できれば詳しく知りたいのですが……まずは民生官のお名前からお聞きしても?」
急に真剣な顔になったコーティ様の様子に若干驚きながらも、私は「オーズさんです。武器屋を営んでいるかたですが」と素直に答えた。
「武器屋のオーズ氏といえば、西区の民生官の一人ですね」
「ああ、あの熊みたいな豪傑武器屋かね。いいねえ、彼は荒っぽいが頼りになる人だよ」
さすがにお二人ともオーズさんとは顔見知りらしい。
「西区は冒険者や鉱山関係者が多いからねぇ、彼がニラミを利かせてくれるおかげで揉め事なんかもうまく収められるんだよねぇ。貴重な人材だよ」
「私はどちらかというと、民生官としての判断能力を信頼していますけどね」
コーティ様がモノクルを軽く押し上げながら微笑む。
「彼はああ見えて慎重で堅実なかたなんですよ。ろくに調査しないで案件を丸投げしてくる民生官もいますので、どうしても差し戻しが多くなるのですが、彼をはじめ西区の民生官が上申してくる案件は圧倒的に差し戻しが少ないのです」
そう前置いて、コーティ様はあらためて私に向き直った。
「民生官が行っている調査というものに興味があります。クリスティアーヌ嬢、今回調査に当たった案件と、調査した内容を詳細に話していただけますか?」
「はい!」
私は勢い込んで返事をした。正直願ったりかなったりだ。
なんせオーズさんから、「機会があったら市井官のオエライさん達に耳打ちしといてくれ、それだけで上申した時に話がしやすくなる」と密命を受けていたんだもの。
大きな話を通すには、根回しがとても重要らしい。
コーティ様は私がつっかえながら話す今回の調査内容と、オーズさんがこれから動こうとしている東区との調整についてを、真剣な表情で聞いていた。
一通りの話を聞き終えると、コーティ様はゆっくりと息をつく。
「なるほど、よく分かりました」
「ずいぶんしっかりと下調べをするものだねえ、ただの熊じゃないわけだ」
「これまでの案件も、かなり精査してからこちらへあげてくれていたということなんでしょうね」
「なんだか……」
お二人の会話に、つい入っていきそうになって、私は慌てて口を閉じた。
「どうしました? 今、なにか言いかけたでしょう」
耳ざといコーティ様には、しっかりと聞き取られていたらしい。
正直、ちょっと言いにくいことを考えていたのだけれど、せっかくの機会なので思い切って言ってしまおう。
「いえ、なんだかもったいないなと思いまして」
「もったいない? どういう意味ですか?」
「私、どちらのお仕事も見せていただいているので……双方でお時間をかけて調査をするのがもったいないな、と思ったのです」