だが、まだ早い
「……ほう、なるほど。だが、まだ早い」
一刀両断だった。
私と婚約したい、学園を卒業次第に式をあげたい、ついては後日正式に両親及び後見のハフスフルール侯爵と共に申し入れたい、と話したレオさんに、お父様の回答は厳しい。
「レオナルド、確かに君はその若さでハフスフルール侯爵家の家督の第一継承権を得た、注目株だ。王家の覚えもめでたく、新人ながら交易路開拓という重要任務を任されている程にはな」
「……ありがとうございます」
明らかに気落ちした声で、レオさんが応える。
「うちのエリーゼも君を気に入っておるようだし、クリスティアーヌもまんざらではないようだ。だが、一時の感情という事も充分にあり得る」
「そんな」
「そんなことはない、などと軽率に言うものではない。現に、不安だから婚約などという形にこだわろうとしているのではないか?」
そう切り替えされて、ぐっと言葉に詰まってしまった。……そうかも知れない。
レオさんも、同じように、痛いところを突かれたような表情をしている。
それを見たお父様は、唇の端を僅かに上げて「婚約などという形にとらわれることはない、私は別に反対はしておらぬからな」と嘯いた。
「おおかた、私がクリスティアーヌへ新たな婚約者をおこうと目論むのではないかとでも、心配しているのだろう?」
図星だったのか、レオさんは「……すみません」と呟く。
「そんな無粋な真似はしないと約束しよう。現状、特に婚姻でつながねばならぬ縁も無いのでな」
「ありがとうございます!」
バッと顔を上げたレオさんは、さっきまでとは打って変わって、輝くような笑顔だった。どうやら、その確約がもらえただけでも、レオさんにとっては良かったみたい。
「肝心のクリスティアーヌに、せいぜい愛想を突かされぬように精進することだ」
「はい! もちろんです!」
「クリスティアーヌ、お前もだ」
「はい!」
元気よく返事をしたのに、お父様はなぜか浮かない顔をしている。
「クリスティアーヌ、お前には夢があるだろう。学園を卒業し、市井官になればお前自身も今よりさらに時間がとれぬようになる。女性だからといって仕事で特別扱いはできぬからな」
お父様の言葉にハッとした。確かに今ですらレオ様となかなか会えなくて寂しいというのに、お仕事に就けばきっと、今よりも会えない時間が増えるのだろう。
「女性や平民が文官に多く採用されるようになるであろう移行期間は、貴族出身の文官の目も厳しいからな、彼らよりも成果をだして初めて認められる……むしろ、より時間的にも能力的にも求められるものは高いやもしれぬ」