ここだけの話なんだけど
「クリス……ティアーヌ嬢、公爵にご挨拶に行く前に、少しだけいいかな」
「はい。……シャーリー、お茶の用意をお願いできる?」
緊張をほぐす効果のあるお茶をこっそりとお願いして、私はレオ様をエントランスの小ぶりなテーブルセットへ誘う。
エントランス脇の中庭が見える窓の傍に設けられたこの場所は、訪問されたお客様と気取らずに語らうことができる、恰好の場所だから。
「なんだかレオ様、緊張していますね」
お父様はこんなにもレオ様がカチコチになってしまうほどに強面なのだろうかと、一抹の不安を抱きながらレオさんに話を振れば、「分かる?」とようやく小さな笑みが出た。
「クリスちゃん、ここだけの話なんだけど」
「はい」
ナイショ話をするように声を顰めるから、ついテーブルに乗り出して、聞き耳を立ててしまう。
レオさんといるとうっかり素が出てしまいがちなのはもう、仕方がない。
「実はプロポーズにきました」
「はい!!!?」
大声が出て、慌てて口を両手で抑えた。
今、なんて言いました!?
「いや、考えたんだけどさ。俺が二カ月留守にした間に、クリスちゃん、びっくりするくらい行動範囲が広がっててさ。俺としては心配でしょうがないわけ」
驚きでパクパクと口を開けたり閉めたりしている私に、レオさんは自分の考えを滔々と述べる。
まって、頭が追い付かない。
「ずっと傍に居たいけど、俺の仕事柄、どうしても遠征が多いしさ」
「そ、それは、そう、ですけれど」
つっかえつっかえ、やっと声が出た。
「でね、クリスちゃんは俺のだよ、ってちゃんと周囲にも明らかにしておこうと思って」
いきなり、なんということを考えるのか。
「クリスちゃんはまだ学生だから、婚約だけでもって、公爵に打診にきたんだけど……」
そこまで一気に言って、レオさんは私の顔を覗き込む。
「クリスちゃんは、俺と婚約するの、イヤ?」
……ずるい。
ちょっと不安そうな顔で、そんな事言われたら。
「嬉しい……です」
そんな言葉しか出ないもの。
「良かった!」
本日初の、太陽みたいな陽気な笑顔が炸裂する。
レオさんのその顔を見ているだけで、不安とか心配とかが晴れていく気がするがら不思議。
そうよね、婚約すれば、レオさんの横にずっといられるって約束ができるんだもの。
「あー、スッキリした! これで堂々と公爵にお願いできる!」
さっきまでとは打って変わって晴れ晴れとした顔になったレオさん。
折よくシャーリーが用意してくれたお茶を飲んで喉を潤すと、「さ、行こうか!」と私に手を差し出した。