訪れたのは
「なんだい?これ」
女将さんの手の平に無造作に落とされた小さな袋からは、僅かに金属が擦れる音がした。
「そこの店員にちと込み入った話があってな。少しの時間彼女を借りたい。彼女の労働時間を貰う上での迷惑料だ。…出来れば話をするための部屋も借りられたら有難いのだが」
「ふぅん…クリス、知ってる人かい?」
少なくとも、このお金を渡してきた人は知らないけど…見覚えがあり過ぎるこのフードからして。そう思って後ろの二人へ目をやると、一人が少しだけフードをあげて目を合わせてきた。
ああ…やっぱりグレシオン様。
一番可能性が高いと思ってました。
「はい、全員ではないですが」
「そうかい、じゃあ仕方がないね」
そう言いつつ、女将さんは貨幣が入った袋を押し戻す。
「要らないよ、こんなもの。クリスの知り合いだってんなら、部屋も貸すし話もさせてやるけどさ…でも、あたしも立ち合うからね。この娘の事はご両親から責任持って預かったんだ」
「それは困る。内密な話なんだ」
上背の高いフードさんが困ったように再び袋を押し付けても、女将さんは頑として受け取らない。
「若い娘を男三人と密室に放っておくわけにいかないだろう。知り合いだとしても安全だとは言い切れないんだからね」
「!!何たる言い草、無礼であろう!!」
いきなり後ろから、ゴツいフードさんが飛び出してきた。マズい、女将さんを不敬罪とかにするわけにはいかない。
「お…女将さん!」
「あんたは下がってな!」
女将さんをかばって前に出ようとしたら、さらに前に出られた上にあっと言う間に押し退けられてしまった。うう…力の差がこんなところで…でも、ここは私だって引くわけにはいかないんです、女将さん…!
「そんなに声を荒げないでくださいまし。女将さんは私を守ろうとしてくれただけですわ。いきなり訪れて場を荒らすのだけはご容赦頂けませんか?」
出来る限り落ち着いた声で、グレシオン様に視線を送りながら訴える。断罪の時に下々の者への気遣いを説いたくらいなんだから、多分無下にはしない筈だ。
案の定、グレシオン様はゴツいフードさんを抑えてくれた。
「しかし!」
「いいから控えていろ」
ゴツいフードさんを黙らせたグレシオン様は、おもむろに胸元に手を入れる。女将さんに見えるように出された懐中時計には、王家の紋章が刻まれていた。
「この紋章に誓って、彼女に無体な真似はしない」