女将、ちいとクリスを借りてもいいか
かけられる声に適当にこたえつつ、オズさんはのしのしと店の奥に進み、私に軽く目配せしてから女将さんに声をかけた。
「女将、ちいとクリスを借りてもいいか」
「ああ、今は店も落ち着いてるよ。クリス、ここはいいから行っておいで」
女将さんがそう言ってくれて、私は思わずエプロンを外す。オーズさんがのしのしと近づいてきて、ニヤッと笑うと分厚い掌で頭をポンポンと撫でてくれる。
「よしよし、今日も元気だな。ちいとデカい案件が入った。見ておくといい」
「あ、ありがとうございます。えーと……」
チラリと二人の席を見る。せっかくレオさんが来てくれたのに、このまま行ってしまうのは忍びない。でも、せっかく民生官のお仕事を生で見ることができるんですもの、このチャンスは無駄にできないわよね。
「今日はマークか」
私の視線を追ってマークさんに気付いたらしいオーズさんが、マークさんに声をかけているけれど、マークさんはちょっと眉根を寄せて考え込んでいる。
「……ああ、そうなんだが」
「マーク、コレ、どういう状況?」
「まあ、そうなるよな」
レオさんの問いにマークさんも頷く。
「クリスが市井官になるための知見を広げるために、民生官の仕事を見たいと言い出してな」
レオさんにそうこたえつつ、マークさんが目顔で説明しろ、って言ってくるから、私は慌てて言葉を足した。
「はい! 今のうちに民生官が街の中でどうやって問題を解決しているのかとか、上申する案件を吟味しているのかを見ておきたくて。民生官のオーズさんにお願いしたんです」
「なるほど……確かに活動範囲が広がってる」
うなるように、レオさんが呟いた。
「なんだなんだ、よく分からねえがとっとと行くぞ。ついて来いクリス、マーク」
「ああ、それなんだがオーズ。こいつも連れていっていいか?」
マークさんは親指でちょいちょいとレオさんを指した。きっと、戻って来たばかりのレオさんが、少しでも私と一緒に居られるようにという配慮なんだろう。マークさんって本当にさらりと優しい人だと思う。
「いや、大勢でうろつくのはちょっとなぁ」
「なるほど、じゃあレオ、今日は役目を譲ってもいいが……どうする?」
「もちろん行く!」
「だよな」
マークさんは苦笑しつつもイスに深く腰掛けなおし、レオさんは腕まくりで立ち上がる。帰って来たばかりで疲れないんだろうか。
「ああ? なんだこの青二才は。お前やセルバの代わりになるのか?」
急にそんな話になったものだから、オーズさんは胡散臭そうにレオさんを見ている。
「心配ない、以前はこのレオも含めて三交替制だった」
「ならいいけどよ」
「酷いな、俺のこと覚えてないですか? この剣オーズさんの店でオーダーしたのに」
オーズさんの厳しい視線にも負けず、レオさんがおどけたように腰に佩いた剣をスッと抜いて見せる。すると、オーズさんの目がキラリと光った。
「あー……、おまえ、あの」
得心がいった、という顔で頷くオーズさん。どうやら剣をみて、自身の中の記憶とリンクしたらしい。当然私にはなんのことやらわからないけれど、オーズさんは納得できたみたい。
「まあいい、そんじゃあとっとと行くぞ。時間がねえ」