追及の手はやまない
「女性が官吏になるのはとても難しい……狭き門なのは知っています。でも私、少しでも恩返しがしたいんです」
「恩返し?」
「テールズで、女将さんにもお客さんたちにも、一番苦しい時に助けて貰って、ずっと見守って支えていただきました。だから今度は私が、町の人の暮らしを楽にする、そんな仕事がしたいんです」
私は必死で言葉をつなぐ。
市井官になる前から民生官のお仕事を見ることが出来るチャンスだもの。なんとか誤解を解きたいし、少なくとも女将さんやマークさんに迷惑がかかる事態だけは避けたかった。
「アンタ貴族だって言ったろう。貴族が一介の飲み屋の女将に、いったい何の世話になるってんだ」
オーズさんの追及の手はやまない。
オーズさんにとって、私が話す『市井官になりたい理由』は、簡単に納得できる内容ではなかったみたい。
私は、オーズさんにことの経緯をできるだけ素直に話すことにした。信頼してもらうには、こちらも腹を割って話すしかない、そう思ったから。
「実は三年ほど前、私、事情があって出奔したことがあるのです」
まあ実際には出奔したつもりで、行方なんてがっちり掴まれていたわけだけれど、私からみたら、あれは確かに出奔だった。
「出奔……家出か。 アンタが、ひとりで!?」
「はい、その時に助けてくれたのが女将さんでした。貴族の娘と気づいていながら、住み込みで雇って、根気強く面倒をみてくれて……今の私があるのは、本当に女将さんのおかげなんです」
オーズさんが、あんぐりと口を開けてフリーズする。さすがに驚いたらしい。
「い、いや待てよ。出奔までしたアンタが、なんで今、王城なんかに入れるんだ。出奔なんざ滅多にねえ大ごとだ、そう簡単に許されるモンじゃあねえだろうよ」
「……そこの事情は、詳しくは言えない内容なのです。ごめんなさい」
「信じられねえだろうが、事実だぜ。俺は彼女の護衛を請け負っててな、裏の事情もまあ、あらかた知ってる。もちろん守秘義務があるから内情は言えねえがな」
マークさんの言葉に、オーズさんの瞳が僅かに動く。太い腕を組んで考えこんだオーズさんは、やがてゆっくりと頷いた。
「そういえばマークは元々が貴族だったか。なるほどな」
オーズさんはマークさんの出自も知っているのね。やっぱり、民生官だからなのかしら。
そんな事を考えていたら、オーズさんが私を凝視しているのに気が付いた。
「アンタ、クリスティアーヌって言ったな」
「はい、町のみなさんにはクリスと呼ばれています」
「そうか、クリスねえ。……知らねえってのは怖いモンだなあ、あんたの出自が分かったらそんなに気安くも呼べねえだろうに」
呆れたように言うオーズさん。その言いぶりからするに、私が公爵令嬢だと言うのも分かったということなんだろう。