ミスト室長は謎な人
「はい、クリスティアーヌと申します、本日は貴重な機会をいただき光栄です。出来るだけお邪魔をしないように、ですがひとつでも多く学んで帰りたいと思っておりますので、どうかよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしくね。君にはぜひ会ってみたいと思っていたからね、こちらこそ光栄だよ」
ニコニコと笑いながら手を差し出されて、一瞬私は固まった。
どう見てもこの手は、『握手』の差し出しかただ。でも、貴族に『握手』の習慣はあまりない。というか、男性同士ではよくやるようだけれど、女性は基本、しない動作なのだ。
僅かに逡巡したけれど、私はすぐにその手をとった。
思い切って握手を交わすと、ミスト室長がニヤリと含みのある笑いを漏らす。
「なるほど、影宰相の娘さんは感情の起伏が少ない、とてもおとなしい子だとの噂だったが、見た限りそうでもなさそうだ」
「え、あの」
うわ、なにか対応を間違えただろうか。お父様の顔に泥をぬるのも、エールメ様やコーティ様にご迷惑おかけするわけにもいかないんだけれど。
クックックッとついに声をあげて笑いだしたミスト室長は、穏やかな紳士というイメージから、徐々に何を考えているかわからない人になってきている。
「いやあ、これは面白い。コーティから君が市井官を目指しているらしいと聞いた時には半信半疑だったのだよ。なんせ影宰相が愛娘にこの仕事を許すとは思えなかったからね」
パチリとウインクして見せる姿は、ご年齢の割にとてもチャーミングだった。
「それで影宰相は、本当に君が市井官になりたいというのを許しているのかね?」
「はい、とても心配はされていますけれど」
ミスト室長はヒュウ♪ と口笛を吹いて、コーティ様から「はしたないですよ」なんて窘められている。
娘の私に向かって、お父様のことを『影宰相』と呼んで憚らなかったり、握手を求めてきたり、なんだか腹の読めない人だ。
「ほう、これは興味深いねえ、君はいったいどんな魔法を使ったんだい?」
詰め寄られて困っていたら、不意に救いの手が差し伸べられた。
「そこまでですよ、室長。彼女は私たちの市井官としての仕事を見学にきているのです。貴方の興味本意の質問に答えに来たのではないですからね」
「わっ」
私とミスト室長の間にずいっと割って入ったコーティ様は、ミスト室長の肩を掴むとくるっと回れ右をさせて、グイグイと押していく。
そのまま室長の机まで押して行って、椅子に座らせてしまった。冷たい目でミスト室長を見下ろすコーティ様は、睨まれていない私でも怖かった。
「ミスト室長、質問ぜめにしてはいけないと、ちゃんと言ってありましたよね?」
「う、うむ、だが」
迫力に押されたように、ミスト室長が言い淀む。それをしっかり目で牽制してから、コーティ様は振り返った。笑顔なのが逆に怖い。